菅原文太が遺した「憂国の言葉」を一周忌で発掘公開! (2/2ページ)

アサ芸プラス

 沖縄基地問題にも精力的に取り組み続けた。作家・佐藤優氏との対談において、本土の住民が沖縄の負担を黙殺する姿勢を〈同胞を思いやる気持ちを失ってしまったんだろうか〉と評し、異議を呈す。

〈(前略)どうしてね、日本は安保条約や地位協定を変えようとしないんだろう。別に気色ばんで言うことでもなく、普通にアメリカに「出ていってくれ」と言えばいいんでしょ。それをどうして今まで言えなかったんだろうかと思うと、日本人として情けないなぁと〉

 経済的利益を追い求めるばかりで、戦後70年近くたってなお米国の庇護下にいる日本人に我慢ができなかったのだろう。

〈(前略)日本人はもう一度、本当の意味での自立する心をね、取り返さないと。(中略)日本人が摘まれてしまったプライドとか、自立する心を取り戻せ、と〉

 そんな思いを抱え、文太は死の淵まで行動し続けた。14年11月1日には沖縄県知事選で翁長雄志氏の応援に駆けつけ、敵陣営に「弾はまだ一発残っとるがよ」と「仁義なき戦い」の名ゼリフをもじった“口撃”を仕掛けたほどだ。

「文太さんは原発、電力、沖縄など、没後1年たっても国民を巻き込んでいる議論のテーマを何年も前から見据え、日本の構造的問題を説いていました。主義主張はいったん置いておいて昭和の名優の“最後のメッセージ”を読んでほしい」(前出・田村氏)

 日本の行く末を思い続けた憂国の名優は、かくも重い言葉を吐き続けていた。

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