【歴史の雑学】江戸時代の「飛脚」はスパイだったってほんと? (2/2ページ)
片道3日、送料70万円!の超・特急便も存在したほどですから、当時の飛脚は花形職業だったのです。
■配達中に「スパイ活動」
飛脚の仕事は「物流」だけではありません。なんと「スパイ活動」も担っていたのです。
飛脚は大きく分けて3種類あり、いま風に表現すると、
・飛脚問屋 … 民営の物流会社
・継(つぎ)飛脚 … 政府専用
・大名飛脚 … 企業専用
で、政府専用便は鎌倉時代以前の駅制(えきせい)をルーツに持ち、「駅」と呼ばれる拠点を中継するシステムのため「継」の名が残されたのです。余談ですが、正月の行事として定着した「駅伝」もこれが起源です。
当時もっとも不足していたのは「情報」で、大名、藩ともに「自分以外」の様子を知るのは至難のワザでした。遠隔地となればなおさらで、反逆者がいないか、悪いことを企んでいないかと、なにかにつけて幕府も「聞き耳」を立てていたのです。この環境でだいじな情報源となったのは飛脚で、
・遠く離れた場所にも合法的に行かれる
・途中で多くの国(=藩)を通過する
ため、配達中に見聞きした情報は非常に価値あるもので、幕府にたてつく準備はもちろん、一揆や天災、流行病やききんなど、「異常」と思える情報を得ると、飛脚は江戸城の番所に駆け込み伝える義務があったのです。
現代なら「チクり屋」と呼ばれそうですが、クレジットカードの「エキスプレス」も運送業者だった「名残り」ですから、交通機関が発達していない時代の物流は、さまざまな仕事を兼ねていたのです。
■まとめ
・誰でも利用できる宅配便は、江戸時代の飛脚がルーツ
・東京~大阪間の特急便を依頼すると、14~15万円もの費用がかかった
・政府専用の「継飛脚」、藩専用の「大名飛脚」も存在した
・配達中に見聞きした不穏な情報を、幕府に「チクる」のも仕事だった
(関口 寿/ガリレオワークス)