【現役引退】澤穂希、記録で振り返る”レジェンド”の偉大な功績 (2/2ページ)

デイリーニュースオンライン

不可能を可能に変えてきた「レジェンド」

 しかし、澤が「レジェンド」たる所以は、記録だけによるものではない。

 4年半が経ったいまでも鮮明によみがえる、ワールドカップドイツ大会決勝アメリカ戦、延長後半終了間際のあの同点ゴール。宮間のコーナーキックから、角度のないところへ走り込んでのアウトサイドシュートは芸術的で、これ以上にないほど劇的で感動的だった。

 なでしこに魅せられる観客の多くは、「最後まであきらめない」「土壇場でもなんとかしてくれる」その姿勢と決定力に心を動かされるのだと思うが、澤のプレーはまさにそれを体現しているといっても過言ではない。

 2014年5月のアジアカップ以降、澤は代表から遠ざかっていた。チームは若手への世代交代を進めたい思惑もあり、また澤自身のけがの影響もあって、2015年のワールドカップカナダ大会での代表選出には暗雲が立ち込めていた。しかし澤は「必ずワールドカップに出場する」と宣言。なでしこリーグの試合を視察に訪れた佐々木則夫監督の前で最高のパフォーマンスを見せ、見事1年ぶりになでしこジャパンへの復帰を果たした。そのときの選出理由について、佐々木監督はこう語っている。

「INACで誰よりも体を張って戦っており、現在のパフォーマンスは問題ないと判断して選出した。澤のプレーは小手先でなく、90分集中して戦っている。これはなでしこ(ジャパン)の姿勢であり、ほかの選手の模範となる。彼女の背中を見て学ぶことはある。代表にきてもらって、彼女らしいパフォーマンスに期待している」

 ワールドカップドイツ大会では、決勝戦の同点ゴールだけでなく、グループリーグのメキシコ戦(この試合で澤はハットトリックを決めている)での決勝ゴール、準々決勝ドイツ戦での決勝点のアシスト、準決勝スウェーデン戦での決勝ゴールと、じつに6試合中4試合で「試合を決める決定機」に絡んだ。

 攻撃の中心が宮間に移ったロンドンオリンピックでは、数字に見えるような決定機に絡む機会は減ったが、パスコースと勝負どころを「読む」センスを最大限に活かし、おもに守備において決定的な仕事をすることが多くなった。

 途中出場や途中交代が多くなったワールドカップカナダ大会では、澤が出場している時間帯には、チームに1本「芯」のようなものが通ることが見てとれた。決勝のアメリカ戦では前半16分までに立て続けに4失点を喫し、動揺したなでしこジャパンだったが、33分に澤が入ったことで、見違えるように落ち着きを取り戻したのを覚えている人も多いだろう。52分にFKから澤がジョンストンと競り合い、相手のオウンゴールを誘って2点差まで詰め寄ったときは、諦めかけていた日本人の誰もが「もしかして、逆転できるのでは!?」と希望を持ち直したに違いない。

 北京オリンピックで若手だった宮間にかけた「苦しいときは私の背中を見なさい」という言葉の通り、口だけではなく、ピッチで表現することで若い選手たちを引っ張ってきた澤。そして「夢は見るものではなく叶えるもの」だと常に口にしてきた澤。バロンドールの授賞式では「たくさんの子どもたちに目標や夢を持ってもらえたらいい。不可能はないということを証明できた」と語っている。

 ピッチ上のプレーで若い選手を引っ張る姿を見られなくなることは残念だが、違う形で、また彼女らしいやり方で、これからも女子サッカー界を率いてくれることを願わずにはいられない。

(取材・文/尾崎ゆか)

尾崎ゆか(おざき・ゆか)
1976年、神奈川県生まれ。女性誌の編集を経て2006年ドイツW杯を機にフリーに。以降、W杯は南ア、ブラジルと現地観戦。第11回関東大学女子サッカーリーグ2部ベストイレブン。現在は週刊誌、女性誌、ウェブ等で執筆中。時事問題からファッション、スポーツまで幅広い分野で文筆活動を行なう。
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