日本に来てすらない? 「黄金の国ジパング」はマルコ・ポーロの幻想ってほんと? (2/2ページ)
金の厚みが指二本分と具体的に記しているものの、床をはがしたの? と突っ込みたくなってしまいますね。こんな記述が、マルコは日本に来ていない説の源になっているのです。
■マルコのジパングは予言だった?
黄金の国に来たどころか、マルコ・ポーロっていったいダレ? 説も根強く残っています。写本の内容にも多くの違いが見られ、複数のひとが書いたのでは、とも考えられているからです。
東方見聞録のなかにはお茶や箸(はし)などの記載がほとんどなく、中国やモンゴルに滞在していたのに一度も話題にならないの? と指摘する声が多くあります。また、マルコがたどったとされるルートを検証したところ、まったくアテにならなかったというデータもありますので、日本どころか中国にも行ってないのでは? そもそもマルコって実在したの? 説まで存在し、ナゾの人物と呼ぶにふさわしい状態になっているのです。
世界的なヒット作になったことも一因で、フランス語やドイツ語、ラテン語など多国語に訳されたのですが、言語ごとに内容もビミョウに異なり、統一感がありません。それなら原本を確認すれば、と言いたいところですが、すでにこの世には存在せず、在ったとしても口述(こうじゅつ)なのでこれもビミョウ、なにが正なのかも不明な書物、とも表現できるのです。
ジパングに関する記述は、ベンガル湾の「アンダマン諸島」と混同したとする説もあり、いったいどこが日本? な感じですが、最近の研究により、この地域のひとには日本の縄文(じょうもん)人と同じタイプのDNAが多いことがわかりました。マルコのジパングは「予言」だったのかもしれませんね。
■まとめ
・マルコ・ポーロは日本に来たわけではない説が強い
・黄金の建物以外にも、人肉が好物など、とんでもない内容が紹介されている
・東方見聞録の原本は現存せず、あっても口述なのでアテにならない
・多国語に訳されたが、内容が不揃いで、どれが本当か断定は困難
(関口 寿/ガリレオワークス)