かなりアバウトなのに……江戸時代の「時報」は有料だったってほんと? (2/2ページ)
二束三文(にそくさんもん)=価値が低いの意味で使われるように、現代の価値なら100~200円ぐらいでしょうか、1軒あたりの料金は決して高くありません。しかし、その地域のすべての家から徴収でき、しかも幕府公認なので、必ず受信料がもらえる「おいしい」商売。そんな背景もあって、やがては10の地域で鳴らされるようになったのです。
■昼と夜では「時間の長さ」が違う?
「時間の長さ」も、いまとはまったく異なるものでした。季節、昼夜によって変化する不定時法(ふていじほう)で管理されていたのです。
現在の1日は24時間、1時間は3,600秒、と決められていますが、江戸時代の時刻は、
・日の出と日没が基準
・昼/夜を、それぞれ6等分
の12分割し、およそ2時間を「一刻(とき)」と呼んでいました。これをさらに4分割して最小単位とし、深夜を意味する「草木も眠る丑(うし)三つ時」は、
・丑 … 深夜1~3時の2時間
・三つ … その時間帯の3/4が経過した
なので、午前2時30分を意味します。午後1~3時は「昼の八つ」と表現され、これが「おやつ」の語源になったと言われています。
また、一刻は昼/夜の6分の1と決められていたため、夏の昼は長く、冬は短くと、一刻って何時間かはっきりしないシステムでした。夏は働く時間が増えるだけでなく、睡眠時間も短くなるので、カラダをこわしそうですね……。いつも時間に追われているひとは、たまには江戸の「時間」で過ごし、季節感を味わってみるのも良いでしょう。
■まとめ
・江戸時代の時報「ときの鐘」は、その地域の住人から「受信料」をもらっていた
・当時の時刻は、昼/夜それぞれを6等分する「不定時法」
・夏の昼、冬の夜は「一刻」が長くなる、季節感あふれる生活だった
(関口 寿/ガリレオワークス)