その後のローカルアイドルたち:瀬名あゆむ連載35 (2/4ページ)
そしてその悔しさがあったから、やっぱり私は今、アイドルカフェを運営し、アイドルプロデューサーをしているのだと改めて思いました。 その後の『ビリーブ』たち
私だけが選ばれず、私以外の3人で新たに結成された3人組ユニットは見事に全国メジャーレコードデビューを果しました。
私自身は……スクールをやめてしまいました。
自分ひとりだけ取り残された気がしてたまらなくて、スクールに残ってまた最初から頑張ろうという気にどうしてもなれなかったのです。
なんか完全に絵に描いたような「挫折した!」っていうやつでした。
「夢が破れたあ!」ってやつでしたね。
青春のすべてをかけたアイドル活動でした。
だから悔いがないといえば絶対嘘になります。
当時、女子高生になったばかりの私は、周囲の人たちには「アイドルやめてさっぱりした! 自由になれたよ!」と言っていました。
「これからは彼氏も作れるし!」とかね。
でもそれはやはり半分以上強がりだったと思います。そう思わなければ破れた夢の後遺症が大きすぎて、前に歩けなかったのです。
だけど夢をかなえた私以外の3人の『ビリーブ』メンバーたちもまた、次なる新たな夢の前の壁の前で苦闘していました。
結成したアイドルユニットの全国デビュー曲が売れなかったのです。
結局、その1曲だけでユニットは解散してしまいました。
そのときの私の気持ち……ん~どうなんだろう、別にいい子ちゃんぶるわけでは全然ないけど「ざまあみろ!」みたいな感情は一切なかったです。全く逆で、売れて人気アイドルになってほしかった。ただもし本当にそうなってたら、やっぱり嫉妬しちゃってたかもしれませんけれど……。人間の感情ほど複雑でわからないものはないですから。
その後、私が所属していた芸能スクールの事務所からは、その3人組ユニットのあとにデビューした4人組ガールズバンドが大ブレイクします。大ヒットを飛ばして、NHK紅白歌合戦に3回も出場しました。実は『ビリーブ』メンバーのひとりは、そのガールズバンドのインディーズ時代のメンバーだったんです。