元男闘呼組・前田耕陽 アイドル時代は年収3,000万円。海原ともこと再婚した経緯を告白

24日に放送された、「ヨソで言わんとい亭~ココだけの話が聞ける(秘)料亭~」(テレビ東京系)に元男闘呼組・前田耕陽がゲスト出演。アイドル時代の秘話や、再婚したいきさつなどを明かした。
ジャニーズで異色の、本格的ロックバンドとしてデビューした男闘呼組。
前田は、男闘呼組のリーダーでキーボード担当。活動期間は10年だった。
ジャニーズに入るきっかけは、学校で150人全員の男子生徒で履歴書を送ったこと。
連絡があったのは、前田だけでジャニーさんから電話を貰い、田原俊彦のコンサートに呼びだされ、「今度こういうグループを作るが、やる気ないか?」と言われた。
それが男闘呼組。
楽器は、子ども時代にピアノをやっていたので、キーボードに任命された。
デビューする前は、学校が終わってからスタジオに監禁状態。
学校が終わると、夜から朝までスタジオに行き、鍵を閉められた。
最初は練習したくなかったため喋っていただけだが、だんだんやることがなくなり、仕方なく練習をするようになった。
デビューしてからも「エアバンド」と噂されたが、「下手だけど弾いていた」と噂を否定。
また、激太りしたと言われていた前田。
夜中に食べられるところは焼肉屋ばかりで、毎日のように食べたら激太り。
デビュー時に56キロだった体重は、10年後の解散時には、72キロまで増えていたそうだ。
そして当時のMAX年収を暴露。
人気絶頂となり、お金が入るようになって、使うところがなかったが歩合制で、「3,000万円ちょっとぐらい」と、暴露。
その使い道は車。毎年、キャッシュで買い換え、ファンにみつかるので引っ越しも毎年行った。
解散してからは、2006年に関西の女芸人の海原ともことできちゃった婚。
関西の番組に月に1度ゲスト出演していた前田は、前日に大阪に行く。その食事会で会い、姉御肌のともこが面白くて惹かれた。
お互いに離婚を経験しているために、派手なプロポーズの言葉ではなかったとか。「ちょっと俺の子ども作ってくんない?」とプロポーズしたことを明かした。
今は、大阪に住んでいる前田。
テレビでは、ほとんど見かけることはなくなったが、地道に活動をしているようだ。