【現代医学】戦国時代に「DNA鑑定」があったらヤバイかったことが判明 / 殺されるかもしれない!

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【現代医学】戦国時代に「DNA鑑定」があったらヤバイかったことが判明 / 殺されるかもしれない!

こんにちは! 歴史好き女医の馬渕まりです。専門は代謝内科。脂質異常症や糖尿病などの生活習慣病が得意分野です。

最近、ワイドショーを騒がせている“親子鑑定”問題。すべては「DNA」の解析技術が発展したことにより、確率高く真実が判明することになったワケですが、歴史的に見ても「こいつはオレの息子じゃない」「前の主君の子だ!」と親子問題はこじれることが多々あり、今も昔も「人間だもの」な世界が繰り広げられておりました。

・正式名称はデオキシリボ核酸
今回は、ちょいと長めにDNAのお勉強がてら、斎藤道三さんに目を向けてみたいと思います。DNAというのは略称で、正式には『デオキシリボ核酸』と言います。細胞の中にある物質で五炭糖(デオキシリボース)を含むためこの名前が付けられましたが、発見当初はどんな働きをするかは分かりませんでした。

・ワトソン博士とクリック博士の論文
遺伝情報を担うと判明したのは1944年のこと。そして1953年に発表されたワトソン博士とクリック博士の論文で、二重螺旋であることや、細胞分裂の際にDNAが複製をつくること、さらにはどのようにタンパク質が合成されるかが解明されました。

・タンパク質の設計図になっている
人の身体を構成する重要な物質は何だと思いますか? それはタンパク質です。筋肉もタンパク質なら、インスリンなどのホルモンもタンパク質。アミノ酸(全部で20種類ある)が結合して出来ており、DNAのある部分がタンパク質の設計図になっているため、DNA(の一部)が遺伝子と呼ばれるのです。

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・RNAを介してアミノ酸に翻訳
なんだか小難しい話で退屈かもしれませんが、もう少しだけ! DNAはリン酸、塩基、五炭糖からなります。塩基にはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類があり、この塩基の並び(塩基配列)がアミノ酸を決定。RNAを介してアミノ酸に翻訳され、最終的にタンパク質が合成されます。重要な情報はこうして受け渡されるんですね。

・減数分裂が発生
さてこのDNAですが、核にある染色体の中に折りたたまれて存在します。ヒトの場合、その本数は46本。もう少し詳しく述べますと、常染色体が22対、性別を決める性染色体がXY(男)かXX(女)で存在します。ヒトの染色体は、体細胞では46本ですが、精子と卵子が出来る時には減数分裂を起こし、「常染色体22本」と「XかY」の状態になります。

・46本の染色体を持つ細胞
精子と卵子がめでたく受精いたしますと父から22+XかY、母から22+Xの染色体もらい、めでたく46本の染色体を持つ細胞となるのです。ちょいと読むのに疲れましたが、ここまでが遺伝子についての基礎知識です。それではDNA鑑定の話にうつりましょう。

・DNAは個人識別に使える
DNA鑑定の歴史は、1984年、アレック・ジェフリーズが科学誌Natureに「DNAは個性があり、個人識別に使える」と発表した時にはじまります。ジェフリーズ博士が発見した方法は、DNAのうち約95%にあたる「有用な遺伝情報を含まない部分に特定の塩基配列の繰り返し」があり、これに個人差があることを利用して識別する方法です。

・犯罪の捜査に活用
DNA指紋法やマルチローカスDNA型鑑定法と呼ばれ、翌年には犯罪の捜査に用いられました。DNAは全ての細胞に含まれるため、犯行現場に残された血液や毛根と容疑者のものが一致すれば同一人物と見なすことができます。ただし、現場にあった毛根が犯人のものかどうかはまた別問題なので、DNA型の鑑定のみでは犯罪の証拠とはしません。

・ほぼ間違いない有力な証拠となりえる
その後、解析箇所を絞り込んだシングルローカスDNA型鑑定法やPCRによるDNAの増幅などか開発され、鑑定の精度が上がっていきました。現在は塩基配列の繰り返しが比較的短い(2~5塩基)をマーカーとするSTR法が主流。日本の警察は15箇所のSTR法を採用しており、約4兆7千億人に1人という確率で個人識別を行うことが可能となっています。なのでほぼ間違いない有力な証拠となりえるんですね。次は、いよいよ親子鑑定の話へ。

・偶然の一致もありえる
例えばAさんの「ある領域の塩基の繰り返し」が4回と5回だとします(染色体が対なので2つです)。このうち1つは生物学的な父と、もう1つは母と一致します。A父が3回と4回、A母が2回と5回であればAさんの4回繰り返しが父由来、5回繰り返しの方が母由来と考えられます。もちろん塩基の繰り返し回数は偶然の一致もありますので1箇所だけではなく、何箇所か調べてその精度を高めるのです。

・毛根付きの髪の毛でも鑑定可能
とまぁ、色々ごちゃごちゃ書きましたが、親子鑑定は、父と子、そして出来れば母の頬の粘膜を綿棒で拭ったサンプルがあれば数万円で可能です。こっそりやりたい場合は歯ブラシや舐めた切手、毛根付きの髪の毛でも鑑定可能ですので、もしかしたら貴方のあずかり知らぬところで誰かにコッソリ調べられているかも知れませんよ。怖っ。

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・天下の梟雄として知られる「斎藤道三」
さて、いよいよ歴史のお話です。戦国時代に、前夫の子を利用し、その子に滅ぼされた武将がいるのをご存知ですか?「美濃のマムシ」と恐れられ、天下の梟雄として知られる「斎藤道三」です。きゃあ、テンション上がるぅ。油売りの商人から身を立てたのは道三ではなく彼の父という説もありますが、なんやかんやで美濃の有力者の長井長弘に仕えることになり、さらに長弘の紹介でその主君・土岐頼芸(よりのり)に仕官しました。

・愛妾の深芳野を道三に贈る
頼芸は当時の美濃を治めていた土岐氏の一族。次男であった頼芸は兄との跡目争いに負けていたのですが、道三はそんな彼をそそのかして1527年にクーデターを起こさせ当主の兄を追放、頼芸を美濃の大名とします。これで道三を気に入ったのでしょう。頼芸は、クーデターの前年に自分の愛妾・深芳野を道三に贈るのですが、これが後の斎藤家悲劇の源となります。

・ついに美濃を支配
深芳野が道三に贈られたのが1526年の12月で、子の長男・義龍が生まれたのが翌年6月10日。あれ? なんか早くない? と思ったアナタ。そうなんです。実は「深芳野の腹には頼芸の子がいた」との説があるのです。他の男の子供なんてたまったもんじゃない。と普通の男性なら躊躇するところでしょうが、そこは道三がマムシと呼ばれる所以。彼はこの話を利用して、ついに美濃を支配するに至ります。戦国の三大梟雄とも言われる彼の手口を見て参りましょう。

・元の主君もいとも簡単に殺害
美濃の大名となった頼芸の元で道三は着実に力をつけていきます。そしてライバルを蹴落とすべく有力家臣であった長井長弘を殺害し、同家を乗っ取りました。権力のためなら元の主君もいとも簡単に殺害。この時代ならでは、さすがとしか言いようがありません。そしてついにクーデターを起こします。

・義龍は頼芸の子
天文11年(1542年)、道三は頼芸を追放し美濃国を手に入れました。むろん頼芸も黙ってはおらず、甥と手を結び、織田の後ろ立てを得て美濃奪還を計りますが、これに失敗。道三は織田と和議を結び、信長に娘を嫁がせます。これが有名な濃姫ですね。さらに道三は美濃平定のため、あろうことか「義龍は頼芸の子」という話を利用するのです。

・これはまさに目先の利益
というのも当時、成り上がり者の道三に反感を持つ人は少なくなかった。元の主君である土岐家に義理を感じる家臣もおり、彼等を手懐けるためには何かキッカケが欲しい。そこで義龍が頼芸の子かもしれん、ということにしておけば「道三は嫌いだが、義龍は土岐家の血を引くし……まぁ、我慢してやるか」となる、という。しかし、これはまさに目先の利益でした。道三はこの話に足元をすくわれ命を落としてしまうのです。

・殺されるかもしれない!
天文23年(1554年)、道三は家督を義龍へ譲り、頭を丸めて僧になります。そのまま大人しく念仏三昧していれば平和だったのですが、道三は弟たちを可愛がり、義龍の嫡廃を考え始めました。これを知った義龍はきっとこう思ったでしょう。「私は親父の実の子ではない…きっと道三は私を嫡廃するだろう。あのマムシのことだ、もしかしたら殺されるかもしれない!」。

・道三は63歳で生涯を閉じる
弘治元年(1555年)、義龍は弟達を殺し、道三に反旗を翻します。土岐氏の旧臣は皆義龍に味方し、弘治元年(1555年)4月、長良川の戦いで義龍に敗れた道三は63歳で生涯を閉じました。道三は、身体が大きく本が好きな義龍を「無能」と評価していましたが、長良川での采配を見て考えを改め、後悔したとも言います。

・やっぱりオレの子じゃん!
ほんと自業自得としか言いようがありませんが、その後、義龍存命の頃の斎藤家は、織田信長を相手にしても怯むことなく迎え撃って美濃を守っておりましたので、その才覚はマムシの血を引いていたかもしれません。もしも! 当時DNA鑑定があれば、美濃をあらかた平定した後に鑑定を行い、「やっぱりオレの子じゃん!」という具合に斎藤家は堅強となり、織田家に滅ぼされるどころか逆に尾張へ侵攻していたなんてことも……。歴史にIF(もしも)は禁物なれど、こういう妄想ができるからこそ面白いですよね。

https://youtu.be/M4tBJ30B6g8

執筆: 武将ジャパン

もっと詳しく読む: バズプラスニュース Buzz Plus http://buzz-plus.com/article/2016/04/06/dna/

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