びっくり雑学! 江戸時代はウンチも「売り物」だったって本当?

意思に関わらずもよおすのが「大小便」。水洗トイレが普及したいまでは不要なものとしか扱われませんが、江戸時代ではだいじな「商品」だったのはご存じでしょうか?
江戸のトイレは「くみ取り式」が主流で、溜まった糞尿(ふんにょう)は肥料に変身、農家がお金を払って買い取るシステムでした。売る側の長屋や武家屋敷にとっても貴重な収入源だったためウンチの価格も高騰… これじゃやっていかれないと農家も反発、幕府まで巻き込んだ大紛争に発展しました。小説家・滝沢馬琴(たきざわ ばきん)も「想像より安い! 」とブチ切れ、値上げさせたなんて話があるほど重要な話題だったのです。
■ウンチの値上げ禁止令
現在のトイレは下水に流れる方式が普及しましたが、それ以前は糞尿をタンクに溜めておく「くみ取り」式が主流でした。タンクがいっぱいになるまえに、業者さんに頼んで汚物を処理してもらう必要がありますが、お金を払って捨てるのは近年の話。江戸時代ではだいじな「売り物」だったのです。
貯まった糞尿は下肥(しもごえ)と呼ばれ、農家にとっては貴重な肥料、糞尿を買い取る「下掃除(しもそうじ)人」という職業が存在しました。タンクがあふれずに済むうえにお金までもらえるので、売る側にとっても非常に有り難いシステムが存在したのです。ところが江戸後期になると、買い取り価格が合わず紛争に発展、幕府が御触書(おふれがき)を出すほどのモメゴトが起きたのです。
ことの始まりはウンチの値上がりで、約50年間で3倍にも高騰したため下掃除人が反発、幕府に値下げを指示して欲しいと願い出ました。売り手にとって大きな収入源だったこと、これに目をつけて買い占めるウンチ「問屋」が登場したことにより、急速に値上がりしていったのです。ところが幕府は「当事者同士で話し合いなさい」と却下、納得できない下掃除人たちが結託し、
・武家屋敷は、勝手にほかの下掃除人に依頼してはいけない
・値段を下げなければ掃除しない
と、かなり高圧的な要求を突きつけたのです。
高値で売りたいがあふれては困る、そんな状況でも交渉は難航し、町奉行まで巻き込む始末… 最終的には幕府が「値下げしなさい」と御触書(おふれがき)を出して決着。現代なら「ウンチ値上げ禁止法」といったところですから、とても重要な話題だったことがうかがえます。
■「大根」の数でブチきれた小説家
南総里見八犬伝の著者・滝沢馬琴の日記にも、似たような話があります。買い取り価格が自分の予想より安かったため、ブチ切れたなんて逸話があるのです。
3世代・7人家族で暮らしていた馬琴は、お金の代わりに野菜をもらう契約を結び、7人で300本の大根がもらえる「はず」と喜んでいました。ところが農家が持ってきたのは250本と、自分の予想よりも少ない結果に… 馬琴は2人の孫も「おとな」料金で計算、対する農家は「子ども料金」分で支払ったため、ズレが生じたのです。
計算式を聞けば納得できそうなものですが、馬琴は怒り狂って受け取り拒否、最終的には300本に「値上げ」させたと言われています。下肥の高騰によって野菜が値上がりしただけでなく、馬琴は「たくあん」やぬか漬けが大好きだったようで、わざわざ離れた農家と取り引きしてまで練馬大根を愛用したとの記録もあります。少々おとなげない話にも聞こえますが、ブチ切れるほどの大好物だったと知ると、納得のゆく話ですね。
■まとめ
・江戸時代は、トイレに溜まった糞尿=下肥を農家が買い取るシステムがあった
・下肥の価格が高騰すると下掃除人が結託、団体交渉をおこなった
・幕府は、最初は取り合わなかったが、モメすぎて「値下げ」の御触書を出した
・滝沢馬琴は、もらえる大根の量が予想よりも少なくてブチ切れた、との逸話あり
(関口 寿/ガリレオワークス)