なぜフリーの眼科医は無報酬で1万人以上を失明から救ったのか?
『人間は、人を助けるようにできている』(服部匡志著、あさ出版)の著者は、開業することなく、どこの大学や病院にも属してもいないというフリーの眼科医。
14年にわたり、ベトナムで無償の医療活動を続けているのだといいます。
その取り組みは、テレビ東京系列のドキュメンタリー番組『カンブリア宮殿』でも取り上げられたばかりなので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
「フリーの眼科医」というポジションを貫き続ける人がいること自体が驚きですが、1ヶ月の半分は、北は盛岡から南は鹿児島まで、約10ヶ所の病院を渡り歩き、診察と手術を行っているのだとか。
そして残りの半分は、ベトナムの首都ハノイと地方に足を運び、貧しい人たちのために働いているというのです。
自宅で丸一日過ごせるのは年に1日か2日だけだという話にも、十分納得できます。
■お金はすべて「持ち出し」
そういう話を聞くと、つい頭をよぎるのは「どうやって生活しているの?」という純粋な疑問ですが、その答えは意外なくらいにシンプルでストレート。
つまりは日本全国の病院で働いて得た収入で、家族の生活はもちろんのこと、ベトナムでの活動費用もすべてまかなっているということ。
しかもベトナムでは、患者さんからは一切の金銭を受け取らず、渡航費、滞在費、医療品代などもすべて持ち出しなのだとか。
■医者は特別な存在じゃない
「白衣が患者さんに与える威圧感が好きじゃないから、もう何年も白衣を着ていない」
「権力、金銭欲、嫉妬、憎しみ、裏切りが渦巻く環境で、そんなふうに染まるのが嫌だった」
「変なプライドなんか必要ない。困っている人がいたら助けてあげたい」
「目指すは“医者らしくない医者”。医者は特別な存在じゃない」
著者の言葉はそれぞれが真っ当なもので、だからこそ強い説得力があります。
とはいえ、ここまで献身的になれるということにはただ驚くばかり。近年は「人のためになる」ことの価値が再確認されていますが、そうはいっても簡単にできることではないはずです。
■父親を侮辱した医師の言葉
著者が医師になる決意をしたのは16歳のころ。がんのためみるみる衰弱していく父親についての、医師と看護師との会話を偶然耳にしてしまったことがきっかけだったのだといいます。
「82号室のあのクランケ(患者)は文句ばかりいって本当にうるさいやつだ。そうせもうすぐ死ぬのに」
病気を治して命を助ける存在だと思っていた医師が、死と戦っている父親を侮辱した……。
その怒りが、「こんな医者が世の中にはびこっていては、世の中は良くならない。だったら僕がいい医者になってやる。そして病気で苦しんでいる人を救いたい」という思いにつながったということ。
そして結果的には、1万人以上のベトナム人を、無報酬で失明から救ってきたというわけです。
父親の遺書には「お母ちゃんを大切にしろ。人に負けるな。努力しろ。人のために生きろ」と書かれていたそうですが、その約束を守ったことになります。
■大切なのはいまこの瞬間!
そんな著者が尊敬しているのは、マザー・テレサ。少しでも彼女に近づきたいと思ってきたそうですが、それでもまだ半人前だと、ストイックに自身を評価しています。
しかしそれでも、暗く沈んだ顔をした患者さんや、その家族の人たちに笑顔が戻る瞬間に立ち会えることが、最高の幸せなのだといいます。
患者さんたちのこれからの人生に関わっていくことはできないけれど、ただ、この瞬間のために活動しているのかもしれないとも。
大切なのは、いま、この瞬間。ひとりひとりが、それぞれの場所で、「いまできること」を精一杯やること。
著者だけではなく、どんな環境で、どんな立場にいようとも、すべての人にとってそんな姿勢が大切だという考え方です。
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これらのエピソードからもわかるとおり、著者はとても純粋な人柄。お世辞にも器用なタイプとはいえないかもしれませんが、だからこそ、多くの人が忘れかけていたことを再確認させてもくれます。
人間関係に疲れた人、人生に迷っている人、挫折した人などに、強い力を与えてくれる一冊だといえます。ぜひ読んでみてください。
(文/作家、書評家・印南敦史)
【参考】