【帰ってきたアイドル親衛隊】高校時代、授業のために荒川土手に移動していると目の前で煙突に昇っているヨッちゃんが! (1/2ページ)
伝説の学園ドラマと言われている『3年B組金八先生』(TBS系)は、多くのスターを輩出。その最初のシリーズで、たのきんトリオ(田原俊彦・野村義男・近藤真彦)が一気に注目され、番組終了後にはトップアイドルとして大きな注目を浴びていた。
1980年にトシちゃん、81年にマッチという順番にレコードデビューをしたのだが、ヨッちゃんのデビューというのがなかなか決まらなかった。元々ヨッちゃんはアイドル志向が低かったみたいで、ソロのアイドル歌手というのにこだわりは無かったという。2人に遅れて83年にアルバム『待たせてSorry』でデビューすることになった。そして83年9月にTHE GOOD-BYEを結成して、同年9月にシングル『気まぐれOne Way Boy』でデビュー。この年の新人賞を総ナメにして、新たなヨッちゃんのスタートとなった。トシちゃんやマッチと違うスタンスになったヨッちゃんは、王道アイドルとは掛け離れてしまったが、個人的にはこういう展開は楽しみでもあったので、私はヨッちゃんの活動を知らないうちに追っていたところもあった。
そんなヨッちゃんと私は84年9月に出会いがあった。当時の私は高校1年生。私の高校は体育の授業は、グランドが狭かったこともあり、荒川土手で授業をすることが多かったのです。ある日、授業のために荒川土手に移動していると、目の前でドラマの撮影をしている現場に遭遇したのだ。それが『3年B組金八先生スペシャルIII』の撮影で、土手の側で煙突に昇っている人がいたのだ。それがまさかのヨッちゃんだったのである。会った訳ではなく遠目で見ただけだったが、この出来事が強烈な印象に残ったことで、ヨッちゃんと話しがしたいという願望が芽生えてきた。
84年10月に『ザ・グッバイのマリーナ・マイ・フレッシュ・ライブ』(TBSラジオ)という公開番組がスタートすることになり、私はこの収録の1回目から参加することにした。約1年続いた番組に、ほぼ皆勤賞レベルで収録を観に行っていた。もちろん出待ちもして、煙突の件も話しをしたり、他愛の無い話が多かったが、毎週のようにヨッちゃんと話しが出来た。