【中国には256歳まで生きた男が実在した】江戸〜昭和までを生きた奇跡の男

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現在、公式に最も長生きをしたと認められている人物は、女性は122歳で亡くなったジャンヌ・カルマン。男性は116歳で亡くなった木村次郎右衛門だとされています。 しかし、これはあくまでも“公式に”把握されている記録なので、歴史上にはもっと長生きした人がいる可能性があるかもしれません。 実は中国には先述したジャンヌ・カルマンよりも2倍以上長い256歳まで生きていたとされる男性がいるというのです。 「そんなバカな…」と思う人がほとんどでしょうが、実際にその男性の情報は、 しっかり記録として残されていました。

その男は、清朝時代の公文書に記載されていた…!

256歳まで生きたというその男性の名は、李青曇(り・せいどん)さん。
1930年、米紙「ニューヨーク・タイムズ」の記事にて、成都大学の教員が発見した清朝時代の公文書に「1827年、李青曇が150歳の誕生日を祝った。1877年には200歳の誕生日を祝った。」と記述されていたというのです。
これが本当だとすれば、1677年に生まれ1930年当時まだ存命していた彼は、この時すでに250歳を超えていたことになります。

出典: Wikipedia

その生い立ちが衝撃的…!

1677年、四川省に生まれたった10歳で漢方医となり、日々山中を歩きまわり薬草集めに勤しんだ李青曇さん。そのうち、彼は薬草に長寿の効能があることを確信し、霊芝(キノコの一種)やクコの実、朝鮮人参、米酒などだけを口にする生活を40年以上にわたり継続していました。

その時代に生きてきた人々

出典: Wikipedia

李青曇さんが生まれた1677年の日本は江戸時代。
同じ年に生まれた人物でいうと、江戸中期の幕臣であり、八代将軍徳川吉宗に抜擢されて江戸町奉行となった大岡忠相。
大火が爆発し、都市の広大な市街地を繰り返し焼き払った史実“江戸大火”(1682年)や五代将軍徳川綱吉の時代に発せられた動物愛護の法令“生類憐れみの令”(1685年)よりも前から生きているのです。

出典: No Film School

彼が亡くなったときには、明治・大正を通り越してすでに昭和。
前年に五・一五事件が起こり、幸田露伴や谷崎潤一郎などの文豪が活躍し、あの映画監督・黒澤明もすでに23歳になっている歳なのです。


一般の常識では考えられないほどに長生きをした李青曇さん。
その長い人生で人よりも幸せに暮らせたのかどうかはわかりませんが、今後も彼が生きた記録は後世に語り継がれていくのでしょう。

長寿の秘訣は“特別な呼吸法”?

学があったわけではなく、読み書きは子どもレベルしかできなかった彼ですが、周囲からは敬われ、愛される存在だったようです。彼の周囲の人々は、「自分の祖父でさえも子ども時代から李青曇を知っている」と口を揃えていたようです。

彼は漢方医としての仕事を約100年続けた後薬草商人になり、一生のうちに23回の結婚を経験し、200人以上の子どもをもうけていたのだとか!

その長寿の秘訣は、“特別な呼吸法”を身につけていたという説もありますが、彼が語りによると、「心を落ち着けて、カメのように座り、鳩のように歩き、そして犬のように寝ること」だそうです。

1933年、死の床に臥し、256歳という長い長い人生を全うし、その幕を下ろしました。

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