【置き去り事件に学ぶ】 「正しさを振りかざす事の無意味さ」と今日1日という大切さ (2/2ページ)
■ 「正しさ」を振りかざす事の無意味さ
このニュースで“両親のした事は正しくない”と主張する人は多いと思います。確かに、間違った行いだったのかもしれません。それは当のご本人達が、きっと身を切られる思いでこの数日間感じた事でしょう。
ですが、ただでさえ深い自責の念にかられているご両親を、周囲の人が声高に責める事で得られるものはあったでしょうか?
今回幸いにも少年の無事が確認されましたが、今後世間がこの事件をどう捉え、メディアが両親をどう扱い報道していくか注目していきたいと思います。
■ 今この時間が、次の瞬間には消えてしまう可能性
先ほど“そこにいるのは自分かもしれない”と記述しました。例えば「行ってきます」と玄関を出たわが子が永遠に帰ってこない可能性は、考えたくはないですがないとは言えないのです。
今日と同じ明日が来る保証など誰もできない、どこにもありません。
今日、今、すぐ目の前にある笑顔を大切に出来ているか。家族が生きてすぐそこにいてくれることに、幸せを感じられる自分であるか。
誰かの行いを断罪する前に、そのことを各自が問いてみてはいかがでしょうか。
【画像】
※ Soloviova Liudmyla、Eakachai Leesin、Brian A Jackson / Shutterstock
【著者略歴】
※ mica・・・夫・姑・4人の子と共にシンガポール在住の子育てアドバイザー。著者ブログにて、記事の裏話を更新しています!執筆依頼はブログよりどうぞ。