【置き去り事件に学ぶ】 「正しさを振りかざす事の無意味さ」と今日1日という大切さ (1/2ページ)
北海道七飯町で起きた7歳の男の子、田野岡大和君の置き去り事件は今朝になって急展開を迎え、5月28日から6日ぶりに大和君の無事が確認されたとの一報が今朝速報で伝えられました。
命に別状もないとのことで、周囲は安堵に包まれており、無事で本当に良かったです。
親のしつけに対して様々な意見が飛び交った今回の事件ですが、4児のママである筆者が感じた、両親への世間の反応について考えてみましたのでお話しします。
■ 事件に対する世間の反応
●否定派
しつけではなくこれは“虐待”である、度が過ぎているというのが、否定的な見方の主な言い分です。少年の身に何か異変が合った場合には、刑事法によって罰せられるべきという意見もあります。
●擁護派
「自分も親から“悪い子は置いていくよ”と言われて、置き去りにされたことがある」という意見も多くあります。確かに親子間でよく聞く脅し文句と言えます。
■ 誰が両親を責められるのか?
皆さんにお聞きしたいことがあります。わが子に対して、理不尽に怒ったり、怒鳴ったり、手をあげたりしたことがただの一度も無いという方はいらっしゃいますか?
もしくは、そのような苛立を感じた事の無い方はいらっしゃいますか?
筆者は、子どもが手に負えないときに、憎く感じた事が確かにあります。カッとなって手をあげたこともあります。怒鳴った事もあります。そして深く自己嫌悪に陥った事は、幾度となくあります。
筆者にとって4人の子ども達は大好きでかけがえのない存在ですが、子どもとの毎日の暮らしは、一筋縄では行きません。子を持つ親なら、誰もがその事実を知っていると思います。
筆者はこの両親をどうしても責める気にはなりません。
確かにこの手の、子どもが犠牲になるニュースを見る度に、胸が締めつけられるように痛みます。でもいつでも、ニュースの“そこにいるのは、もしかしたら自分だったかもしれない”という気持ちを覚えます。