『真田丸』の舞台秘話! 男と城の“衝撃エピソード” (2/4ページ)

日刊大衆

それまでの居城である岐阜城や那古野(なごや)城と違って、日本で初めての大規模天守閣を設けるなど、権力の強大さの象徴としていました。秀吉は城攻めの名人として名を馳せ、その出世は数々の城攻めによるところが大きかった。彼にとっての大坂城は、その知識や経験を詰め込んだ、人生そのものなんです」(同)

 織田家と中国地方の覇者・毛利家との衝突の前哨戦である鳥取城攻めでは、「餓(かつ)え殺し」と呼ばれる、大規模な兵糧(ひょうろう)攻めを敢行。「籠城をする際には、なるべく長く立て籠もれるよう、大量の食料を城内に確保しておきます。しかし、秀吉は城攻めをする前の段階で、城周辺どころか近隣諸国の米を買い尽くし、いざ、城方が戦支度をするときには、どこにも米がない状況を作り出しました」(同) その直後、毛利方の前線基地、備中高松城(岡山県)を攻めた際には、近くの川の流れを変えて城の周囲を湖にしてしまう「水攻め」を行った。これにより高松城は、孤島と化し、戦どころではなくなったのだった。

 実は、この2つの城攻めには秀吉の考えが凝縮されているという。「攻城戦というのは、城兵の7~10倍の戦力が必要で、それでも、攻め手に多くの犠牲者が出てしまう難しいものでした。そこで、秀吉は金をいくらかけてでも自軍の損害が少なくなることを考え、アイデアを磨いていったんです」(同) 大坂城は、淀川や大川などいくつもの川を天然の堀に見立てて堅固な守りを構築している一方で、その川を使って兵糧調達のルートも確保している。籠城戦になっても敵が攻めにくく、なおかつ城兵が苦しまない縄張(なわば)りとなっているのだ。

 そのように人命を大事にする秀吉だったが、権力獲得からか、あるいは子どもに恵まれない焦りからか、性格を徐々に変えていく。「自分と茶々の妊娠を揶揄する落書きが見つかるや、関係ない多くの人を処刑するシーンがドラマ中でも描かれていましたよね。この“裏の顔”が今後、さらに強まって狂気を帯びていくんです……」(同) しかし、それはまだ先の話――。

 現在、『真田丸』で描かれているのは、この大坂城を拠点に天下統一を成し遂げる直前の段階。

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