コンピュータは1台100平方メートルだった 資本金30倍の不良債務と闘った経営者を通して見るIT史 (1/2ページ)
私たちは今、コンピュータを使って仕事をするのが当たり前になっている。目の前にあるパソコン、スマートフォン、電子機器。それらを私たちが自由に使えるようになったのは、IT業界の黎明期に活躍した人たちの尽力があってこそのものだ。
■1960年代のIT業界
約60年前。コンピュータといえば、100平方メートルもある巨大な部屋を占拠してしまうようなハードウェアを指し、世間の認知度としては「プログラムを書くって何?」というレベル。そしてプログラマを育てるためには、莫大な時間と手間が必要だった。
しかし、コンピュータが稼働すれば、これまで数百人が毎日掛かりきりで行なっていた作業が、あっという間に終わってしまう。その時代、コンピュータはいわば「魔法の箱」だった。
そんな時代の1961年、大日方真(おびなた・まこと)氏は東京大学を卒業して日本IBMに入社する。
■日本のIT業界の「生き字引」
『ターンアラウンド――22億円の借金を返し切った企業経営者の挑戦』(ダイヤモンド社刊)は、株式会社ユニックスホールディングスの代表取締役である大日方氏が自身の人生を振り返る自叙伝である。
「1961年に日本IBMに入社」という経歴からもわかるように、大日方氏は日本のIT業界の黎明期からコンピュータに携わっている人物である。『ターンアラウンド』は、バブル崩壊により資本金の30倍、22億円の負債を抱えるなど、経営者としていかに逆境を乗り越えていったかという部分も読みどころではあるのだが、その一方で、彼の人生を追いかけることで、日本のIT業界がどのように成熟していったのかがわかるようになっている。
■現在は発展途上国のIT化の支援も
文系だった大日方氏。まだ1950年代である。もちろん今のように、大学でコンピュータの使い方や知識を教えてくれるわけでもない。そのため、日本IBM入社と同時に工場へ行って、詰め込み式で教育を受けたそうだ。