「めでたしめでたし」では済まされない北海道児童遭難事件 重要なのは「しつけ」と「虐待」の境界線ではない (2/2ページ)

デイリーニュースオンライン

考えるべきは「しつけ」と「虐待」の境界線

 ここで、あらためて、しつけと虐待の境界線について考えてみたいと思います。

 人権問題や子どもの心理的発達などの専門的議論・知見から、しつけと虐待の境界線を考える研究者の間でも児童虐待の定義は様々です。殴る、食べ物を与えないなど、数十項目の行為について「この行為は虐待か? しつけか?」という質問を保護者に対して行った研究もいくつもありますが、「この行為はしつけ」「この行為は虐待」と線引きを行うのは難しく、実生活でしつけと児童虐待の境界線は保護者にとってかなりあいまいなものです。一方で、「けがをさせる」「大声で叱る」「殴る」などは、どの調査においても、大多数の保護者が虐待になると認識しています。

 ただし、私たち大人が、実生活の中で注意しなくてはならないのは、こうした「明らかに虐待である」と多くの親が考える項目ではなく、親が「虐待」「しつけ」の判断で迷ったり「どちらともいえない」と考えてしまう行為でしょう。

 たとえば、ニュースなどで「パチンコのために子どもを長時間、一人で自動車に乗せたままにした結果、熱中症で死亡に至った」というようなケースについては、親たちは「虐待である」と判断します。一方で「子どもを連れて買い物にいったが、子どもが車の中で眠ってしまい、起こすのがかわいそうなので子どもだけを残して買い物にいった」場合には、約半数の親が判断に迷うという研究結果があります。しかし、親たちが買い物に行っている間に、子どもが熱中症になるケース、誘拐されるケースなどが十分に想定されるため、実際には後者もネグレクトに該当するケースではないでしょうか。

 このように、多くの人が判断に迷う行為では、保護者が判断を誤り、子どもを危険にさらす可能性が高まります。今回の北海道の事件も「しつけ」「虐待」の判断を誤ったケースでしょう。

重要なのは「子どもへのリスク」

 一般的に、虐待にはabuse (支配的虐待)とneglect(放任的虐待)があります。このうちabuseは、親の期待通りに子どもを行動させるため、子どもの意思や人格を尊重せずに、親が自分の命令・強制によって子どもをコントロールしようとする物理的・心理的暴力行為がこれに該当します。 一方、neglectは親が自分の都合を優先し、子どもを放任して、適切な保護を与えない、子どもとの適切な関係性を築こうとしない状況です。

 このような定義を聞くと、暴力行為や機能不全家族を想像しがちですが、こうしたわかりやすい虐待行為ではなくとも、結果的に子どもの心身を傷つけることになる行為は実は多いのです。

 児童虐待防止法では、児童虐待に含まれる行為を次のように定義しています。

一 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
二 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前2号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
四 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。

 この定義に従うならば、子どもの心身を傷つける行為は幅広く虐待にあたるのです。直接手を下しているわけでも、怒鳴りつけて子どもを脅し付けているわけでもないけれど、結果として子どもを大きな危険にさらし、子どもの心身を傷つける行為はすべて虐待です。「しつけか虐待か」「状況的に仕方ない」という判断ではなく、「この行為は子どもに危害を及ぼすだろうか」「万が一でも結果として子どもの心身を傷つけるものではないだろうか」という判断をする必要があるのです。今回の事件を通して、保護者はいまいちど、「どう判断すべきか」の定義についてしっかりと考える必要があるのではないかと思いました。

著者プロフィール

東京大学社会科学研究所 客員研究員

古谷有希子

ジョージメイソン大学社会学研究科 博士課程。東京大学社会科学研究所 客員研究員。大学院修了後、ビジネスコーチとして日本でマネジメントコンサルティングに従事したのち、渡米。公共政策大学院、シンクタンクでのインターンなどを経て、現在は日本・アメリカで高校生・若者の就職問題の研究に従事する傍ら、NPOへのアドバイザリーも行う。社会政策、教育政策、教育のグローバリゼーションを専門とする。

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