【その魅力に男たちが溺れた】教科書じゃ教えてくれない“花魁”たちの美しさ
吉原遊廓の遊女で位の高い者のことを指す“花魁”。 幼少の頃から古典や書道、茶道、和歌、箏、三味線、囲碁などの教養、芸事を仕込まれ、一般庶民にはおいそれと手が出せないものであった彼女たちですが…。 約100年前に生きていた花魁たちの姿は、あまりにも美しすぎました。

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在りし日には数々の男たちを骨抜きにしてきた花魁たち。
その妖艶な魅力と美しき姿には、どこか惚れぼれとしてしまうような雰囲気を醸していますね。
みなさんは、この中にお好みの女性はいましたか…?
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下位の遊女と一夜を共にするのとは異なり、高級遊女を揚げるにはさまざまなしきたりが存在していたといわれています。
大店には、茶屋を通して取り次いでもらわなければならず、茶屋で豪勢に遊び金を落とす必要がありました。

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座敷では、遊女は上座に座り、客は常に下座に座っていました。
花魁クラスの遊女は、客よりも上位だったのです。

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客は品定めをされ、ふさわしくないと思われたらその遊女とは付き合うことができませんでした。
初会(1回目)、遊女は客とは離れたところに座り、客と口を利かず飲食もできません。そのため、客はたくさんの芸者を呼び、派手に遊ぶことで財力を示す必要がありました。

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馴染みになると、客が他の遊女に通うのは浮気とみなされてしまいます。
他の遊女に通ったことがわかると、客を吉原大門のあたりで捕らえ、茶屋に苦情を言いました。その際、客は金を支払って詫びを入れたいわれています。
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花魁は、吉原の遊郭で最も格の高い遊女で張り店を行わないため、引手茶屋を通して“呼び出し”をしなければなりませんでした。

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花魁には、身の回りの雑用をするために“禿(かむろ)”という10歳前後の少女がついていました。
彼女たちの教育は姉貴分に当たる遊女が行いました。
禿(はげ)と書くのは毛が生えそろわない少女であることからの当て字です。