モハメド・アリ 日本にと轟いた「ザ・グレーテスト」秘話!(1)不可能を可能にした世紀の一戦 (2/2ページ)
猪木さんと新間は不可能を可能ならしめる最強コンビでした」
そもそも世紀の対決が実現したのは、アリが日本レスリング協会の八田一朗氏に、
「誰か東洋人で俺に挑戦するやつはいないか」
と話したことがきっかけとされる。
「75年6月、マレーシアで防衛戦を行ったアリはトランジットで東京に立ち寄り、記者会見を開いた。猪木は相手をお探しなら、応じますよと挑戦状を突きつけたんですよ。それに日本中のメディアが一斉に飛びついた」(新間氏)
何しろ、ファイトマネーはアリが600万ドル(約18億円)、猪木が6億円だったというから桁外れだ。
調印式で猪木の挑発に乗ったアリが「勝利したほうが総取り」という同意書にサインしたものの、前述したようにその日の深夜、アリ軍団が新間氏の部屋に取り返しに来たというのも金額を考えればうなずける。
「いや、それだけではありませんよ。アリサイドはそれから次々とルール変更をして、それをこちらに飲ませた。そして、片手か片膝をリングについての攻撃しか認めないという、無理なルールになったわけですよ」(新間氏)