モハメド・アリ 日本にと轟いた「ザ・グレーテスト」秘話!(1)不可能を可能にした世紀の一戦 (1/2ページ)
モハメド・アリVSアントニオ猪木の「格闘技世界一決定戦」から40年──。試合が行われた6月26日は「世界格闘技の日」となったが、今月3日、その日を待たずしてモハメド・アリが息を引き取った。享年74歳。世紀の一戦を仕切った当時の新日本プロレス専務・新間寿氏、副社長・坂口征二氏が、「ザ・グレーテスト」の在りし日をしのび、秘話を語り尽くした。
「今だから言えるが、猪木も私も、もしアリにケガでもさせてボクシングができなくなったら、背後に控えるアリ軍団に殺されると思っていました。いや、これはオーバーな話ではありません。それくらい彼らには不気味な迫力があったんですよ。一方でアリ自身も、はたして猪木はルールを守ってくれるか、気が気でなかったようです。事実、猪木が約束を守ると、アリは『彼をリスペクトする!』と最大級の賛辞を贈ったほどなんですよ」
こう語るのは、世紀の一戦実現に向けて奔走した仕掛け人・新日本プロレス元専務の新間寿氏だ。
アリは立ったまま、猪木は寝たままの状態で、試合が進行し、結果は引き分け。そのせいか、当初は「世紀の凡戦」と揶揄されたが、最近では試合が再評価され、試合が行われた日が「世界格闘技の日」と認められるようになったほどだ。
「でも、私から言わせれば、ふざけんじゃないということになる。『アントニオ猪木・世界格闘技の日』とするのなら、わかりますよ。誰もやらないことを男の夢として実現していこうってことでやったんだ。アントニオ猪木の文字が入って当然でしょ。実際、ものすごく大変でね。あの時も試合の3日前、アリ軍団が深夜、ホテルの私の部屋に押しかけてきて、アリがサインしたファイトマネーは勝ったほうが総取りとする同意書を返せと言う。中には壁にもたれてナイフを研ぐのもいた。もう、生きた心地がしませんでしたよ」(新間氏)
当時、副社長だった坂口征二氏(現相談役)は言う。
「相手はボクシングヘビー級の現役チャンピオンでしょ。当初、世間はプロレスラーが対戦なんてできっこないと見ていた。