全国唯一の「唐造り」の名城!九州の玄関口、小倉城を満喫するために知っておきたい3つのこと (3/5ページ)
これら2つの虎の絵は、小倉城が焼失した慶応2年(1866)が寅年だったことにちなみ、城の再建時に大分県の宇佐神宮のお抱え絵師・佐藤高越が描いたものです。
幕末の戦乱で焼失した小倉城の再建にあたり、平安の世が長く続いて欲しいという願いも込められているとか。
雄の「迎え虎」は、どの位置から見ても虎が真正面に見えるという「八方睨みの虎」となっています。
絵の前に立ち、いろいろな角度から、四方八方をぎろりと睨む虎の眼差しを見れば、当時の時代が垣間見えるかもしれません。
・3. 高度な技術を駆使した展示がずらり
天守閣に入るとまず目に入るのが、小倉の城下町を和紙の人形で再現したジオラマ。
約1500体もの精巧な和紙人形で作られたジオラマでは、藩主・細川忠興統治下の小倉の街並みが、城内の武士や城下町の庶民の様子とともに生き生きと再現されています。

また、細川忠興の妻、玉(洗礼名はガラシャ)は、キリスト教の信徒としても有名です。
忠興は江戸時代初頭に小倉でキリスト教を保護したため、小倉城下には多くのキリスト教徒が生活していました。
加えて、現在は小倉祇園太鼓で有名な「祇園祭(ぎおんまつり)」は、かつては大変華やかな装飾が施された山車が引かれる祭りだったのだそう。
ジオラマをよく見ると、宣教師らしき外国人の姿や華美な山車などもあり、当時の様子が細部まで表現されていることが分かります。