昭和の投票率は60%以上!平成の投票率が落ちている3つの原因 (3/4ページ)

Suzie(スージー)

■2:政策科学中心になったことで各党の公約が似たり寄ったりになったから

昭和から平成の世に切り替わり、主張すべきイデオロギーがなくなったことにより、各党はそれまで欠如していた「具体性」を公約に持たせるための対策をしなければならなくなりました。そこで出てきたのが「政策科学」です。

政策科学とは、アメリカを発祥とする政策研究で、国民の政治に対するニーズやウォンツを調査し、それに基づいて政策を検討し立案するというものです。

「若年層には就職先を」「子育て世代には保育園を」「現役世代には減税を」「高齢世代には手厚い医療を」といった内容がこれにあたります。

視点を変えれば、民間企業が消費者の動向調査やアンケートなどを実施し、それに基づいて商品開発を行うマーケティングと中身は同じだと言えます。

つまり、イデオロギーを失った各政党は、リアルな国民の声を重視し、それを選挙の得票率に反映できるよう、より合理的により具体的な公約を練るようになったのです。

より国民の生活に近い政治や選挙になったのはよかったものの、各党の調査対象が同一の「国民全般」であったため、掲げる公約も同じようなものになってしまいました。

そのため、国民にとっては、各党の違いが分かりにくくなり、政治や選挙への関心をさらに低めてしまうことにつながったのです。

■3:政治家の相次ぐ不祥事により政治不信が高まっているから

平成のスタートはバブル崩壊と前後しています。同時に、政治家の不祥事が相次いで露見しました。

1988年のリクルート事件、1989年の宇野首相の不倫疑惑、1992年の東京佐川急便事件などにより、著名政治家の贈収賄や汚職などに絡むニュースが連日テレビやラジオから流れるようになりました。

これに伴い、それまで政治に期待と関心を寄せていた国民も一気に政治不信に陥ります。バブル崩壊に伴う不景気もこれに拍車をかけ、国民は投票所へ足を向けなくなってしまいました。

これらに加え、最近では、投票の政治に対する影響への疑問も投票率を下げる要因となっています。

「昭和の投票率は60%以上!平成の投票率が落ちている3つの原因」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会問題女子などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る