天才テリー伊藤対談「矢追純一」(2)日テレを力道山の会社と思ってた!? (2/2ページ)
テリー アハハ、確かにスタジオって、リングさえ組めばプロレス会場みたいですよね。
矢追 しかも「入社試験を受けるには推薦人が必要だけど、もし受ける気があるなら僕がなってあげる」と言われて。で、実際に受けたら合格したんです。
テリー そこまで手厚い扱いなのが、また不思議ですね。入社してからは、どうでしたか。
矢追 最初の3年くらいはドラマ班に配属された。でも僕、ドラマが嫌いでね(笑)、主人公が家出して家庭が崩壊するみたいな話ばっかり作ってたら、めちゃくちゃ視聴率が低くて。
テリー そんな内容じゃしかたないですね(笑)。
矢追 で、次にバラエティ班に移るんですが、それもおもしろくない。と思っていたところに、「11PM」が始まるんです。
テリー おお、日テレの伝説の深夜番組ですね。
矢追 そうそう。で、当時の上司の後藤達彦さんに泣きついて拾ってもらったんです。
テリー 後藤さん、僕もすごくお世話になりました。いつもいい服を着て、ダンディな方でした。
矢追 ええ。で、後藤さんから「お前の好きなことをやってみろ」と言ってもらえたから、考えましてね。その頃、心に余裕がないのか、日本人が前ばかり向いてタッタタッタ歩いてばかりなのが気になっていたので「みんな、たまには立ち止まって空を見ようよ」っていう番組を作りたくなってね。そんな時、たまたま本屋さんで目にしたのが「空飛ぶ円盤」の本だったんですよ。