人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第29回 (2/2ページ)

週刊実話



 しかし、ヘタをすれば内閣の命取りにもなりかねなかっただけに、首相になる前「貧乏人は麦を食え」などの放言、失言で知られていた池田もさすがに、こうボヤいた。「“失言の池田”が、人の放言の尻拭いをするようになったのか…」と。これを耳にした田中は政調会長更迭にビクついたか、さすがに意気消沈、「ひげでもそらなきゃならんかなぁ」と口にしたのだった。
 当時、すでに“チョビひげ”は田中の代名詞でもあった。もっとも、このひげの一件を、当時、米国留学中の愛娘・真紀子(後に外相)が報道で知り、「ヤジ(オヤジの意) ヒゲソルナ」の“ウナ電”(至急電報)を打ったことで、田中もそるのを思いとどまったというエピソードがある。

 こうした中で、一方で立ち直りの早いのも田中という政治家の特性だ。この頃、田中は自分に言い聞かせるように次のような「語録」を残している。
 「苦しくなって逃げ出すような奴は何をやってもダメだ。特に、政治の世界ではモノにならない。我慢強さ、ウロウロしない。すべからく、こうしたことが大事なのだ」
 「何事も誠心誠意でやることだ。些細なことでも手抜きはダメだ。率先垂範、全力投球。勝負は最後まで捨てない。物事は最後までどうなるか分かるものか。山より大きなイノシシは出ない。怖いものはない。志を持ったら断固やるべしじゃ。闘争心のない奴はモノにならない」

 政調会長として「天下取り」の視野が開けてきたこの期、一方でこんな声も出始めていた。田中の強大無比だった〈旧新潟3区〉に張り巡らされていた後援組織「越山会」元幹部のこんな証言がある。
 「田中は30代前半までは政治資金に汲々としていた。急に羽振りがよくなったのは政調会長になってからだ。“天下取り”にはまずカネ、子分を増やし、足元を固める必要があった。地元への公共投資導入に一気に拍車を掛け始め、同時に土地に絡むキナ臭い話も漏れ出してきた。学歴なし、門閥もなしの田中には、カネがなければ何もできなかった。そのことを、田中は身をもって知ったのではなかったのか」
(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。
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