リオ直前!あの「五輪ヒロイン」が語る灼熱の激闘秘話!(2)「バレーボール・飯田高子<ミュンヘン・モントリオール>」 (2/2ページ)
若手育成中のヤシカでは試合出場はしておらず、協会に選手登録だけはしている状態でした。そんな時に山田重雄監督から要請があったのです。
「モントリオール五輪で主将をやってくれないか」
ミュンヘンメンバーは私と白井貴子と岡本真理子だけで、若手中心メンバー。私なんかがコートに入るとコケにされたものです。
ですが、「私だって三冠王、ブロック賞やアタック賞を獲っているし、白井にも負けない自負がある。冗談じゃない!」と、主将として迎え入れられたからには、何もかも先頭を切ってやろうと努力しました。
モントリオールも決勝まで勝ち進み、ソ連選手の高齢化もあり、日本は楽勝で金メダルを獲得。決勝戦はベンチキャプテンだった私も、最後の最後に出してもらえて感謝しています。
年齢的にもそこまでやらない予定でしたが、ミュンヘンで選手生活を終えていたら、今の私はいないと思います。金メダル獲得で終えたおかげでこの人生があるんだと、今になってつくづく実感します。