田中角栄 日本が酔いしれた親分力(20)不退転の覚悟で交渉に臨む (2/2ページ)
「あれは漢民族じゃない、モンゴル人ですよ」
「ああ、それは失礼」
このユーモアたっぷりのトークに、緊張感で張り詰めていた座はなごんだ。
その夜、宿泊先に戻った田中は、同行していた秘書官らにぽつりと洩らした。
「これは、なかなか難しいな。簡単にはいかん。2週間後に双十節があるだろう。例えその日を越えてでも居座り、まとまるまでやるか。それとも、ケツをまくって帰ろうか」
双十節とは、10月10日の中華民国政府成立記念日のことである。
翌朝、田中は秘書官らに強い口調で言った。
「ここで俺がやらなかったら、日中関係はいつまでも不正常の関係が続く。絶対にまとめてみせる」
9月27日午後4時20分、第3回目の首脳会談が行われた。
田中は、周恩来を相手に1歩も引かなかった。
「中国の言い分もわかる。これまで数十年にわたって不幸な関係になり、隣同士で敵対してきた。しかし、今日から隣同士で仲良くしようと考え、私は中国に飛んできたんだ。私の背後には、反対派というのもずいぶんおる。日本に帰ったら、あるいは私は殺されるかもしれん。それほどの決死の覚悟で来ているんだ」
田中は、次第に興奮してきた。
「あなた方とこれから仲良くしようと言っている時に、言葉尻をとらえてスカートの水うんぬんを問題にするとは何事だ! そのことによって、全体の判断をまちがった方向に進ませることは絶対に避けるべきだ! 私が飛んできたということは、仲良くしようという表れじゃないか」
田中は、神妙な顔で周に水を向けた。
「太平洋戦争の時、私も二等兵で満州(現・中国東北部)にいた。私の鉄砲が、どっちに向いていたかはわかるでしょう」
「‥‥」
田中はニヤリとした。
「私の鉄砲は中国じゃなく、ソ連に向いておったんですよ」
一同は爆笑の渦に包まれた。
作家:大下英治