理解困難なのに面白い?話題沸騰中の『シン・ゴジラ』を徹底分析 (2/2ページ)
■対ゴジラ日本国総力戦
ストーリー面で特筆すべきは、対ゴジラ戦が個人のスタンドプレーではなく、組織の力で行われていることです。
確かに長谷川博己(39)演じる主人公、矢口蘭堂(内閣官房副長官)は全編通じてすごく頑張ってはいるのですが、具体的に何を頑張ったかというと組織内・組織間の調整であり、加えて言うとしてもせいぜい士気の鼓舞です。「主人公が組織調整を頑張る映画」と言語化すると何だかすごいですよね。
対ゴジラ戦のメインとなるのは政治家、官僚、自衛隊であり、自衛隊も前線で戦う兵士だけでなく、会議室から出ることのない将官クラスの存在が描かれています。
この作品では、各人の能力は玉石混交ながらも概ね優秀であり、一人一人が作戦遂行において、確かな役割を担っていることが描かれます。お役所仕事ゆえに、法律的制約ゆえに、動きの鈍るところはあれど、それでもともかく、国という巨大なエネルギーを皆の力で動かしているのです。
この作品を見ていて思うのは、一人一人の優秀さ、一つ一つのインフラが集まって事を成しているけれども、一人の優秀さだけでは何もできないということです。先に述べた通り、優秀な個体として描かれているはずの主人公も、その優秀さの発露は主に組織調整に限られ、彼一人では何もできません。
彼の下に集められた対策チームも、一人一人は斯界の天才(異端児)であろうけれど、やはり一人で何かを成せる訳では全くなく、仲間と知恵を出し合い、ディスカッションを経て、敵(ゴジラ)の情報、対策法を深めて行くのです。
自衛隊も、ただゴジラに向けて火器をぶっ放すだけではありません。予め様々な状況を想定し、現実的な攻撃計画を検討した上で動いています。将官クラスが行政と意思疎通し、組織をまとめ、それより下位の人たちが作戦を検討し、プランを構築した上で、ようやく前線部隊がゴジラとドンパチできるわけです。
一人一人が優秀でも、一人の力はとても小さく、しかし、小さな力が一つ一つ機能し、連動していくことで、国という巨大なエネルギーが動き出し、大怪獣に立ち向かえる。本作は過剰な調査と取材により、組織の動きにリアリティを持たせ、組織間の連関を大きなうねりとして描いているのです。
この映画に描かれる日本という組織の巨大な動き。それを一つの怪獣のようなものだと考えると、本作はゴジラ対日本という、ある意味、巨大怪獣同士の戦いと言えるのかもしれません。
著者プロフィール

作家
架神恭介
広島県出身。早稲田大学第一文学部卒業。『戦闘破壊学園ダンゲロス』で第3回講談社BOX新人賞を受賞し、小説家デビュー。漫画原作や動画制作、パンクロックなど多岐に活動。近著に『ダンゲロス1969』(Kindle)