元西武・羽生田忠克氏「闇カジノ8億円」地獄を懺悔告白!(1)球界復帰を目標に安定した収入を捨てたところ… (2/2ページ)

アサ芸プラス

 それでも、野球に対する里心だけは人一倍強かった。結果的には、そんな未練が転落への引き金になってしまったのだ。

「05年に『欽ちゃん球団』の茨城ゴールデンゴールズができたんです。外野手セレクションの手伝いを頼まれて引き受けたら、そのまま『コーチになってくれないか』って話になった。ちょうど『球界に戻りたい』という気持ちが強くなっていたので、いい機会だからと、やらせてもらうことになりました。それで‥‥自分がやっていた事業を全てやめちゃったんです」

 引退から当時に至るまで、コーチ職などプロ球団からの要請はなく、解説の仕事もラジオで2~3回呼ばれた程度だった羽生田氏にとって、まさに球界復帰には千載一遇のチャンスに思えた。とはいえ、あくまでノンプロチームである。安定した収入を捨ててのチャレンジに、金銭的な不安を覚えることはなかったのだろうか。

「実は、最初の段階でチームの関係者に『年収は1億は堅いから』というふうに言われていたんです。自分にしてみれば『じゃあ頑張りますよ!』という感じで──」

 萩本欽一が監督を務める、野球界だけでなく芸能界も巻き込んだ新球団だけに、巨額の資金が動くという“皮算用”があったのだ。それを信じたものの、現実はそんなに甘いものではなかった。

「蓋を開けてみたら、稼働1日でいくら、という感じで、月にだいたい40万~50万ぐらい。安すぎるということはないけど、収入的には減ってしまった。たまたまその年のマスターズリーグでけっこういい成績をあげたもんだから、2年目以降は選手として参加しろって話も出た。けど、そうすると1試合出場ごとのギャラ契約となるため、さらに給料は安くなってしまう」

「こんなはずではなかった」と羽生田氏が知人の会社経営者に愚痴をこぼすと、連れて行かれたのが、日本では非合法なはずのカジノ店だったのだ──。

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