【ドラマ中盤レビュー】藤原竜也主演『そして、誰もいなくなった』が視聴者に与える「本当の恐怖」 (2/3ページ)

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第5話では、藤堂に対してそんな無条件の優しさを見せる日下もまた、実は藤堂と同様に、パーソナルナンバーを持たない人間であることが判明。さらには、本格的に登場することとなった謎の少女・砂央里(桜井日奈子)の存在や、藤堂が突如として"脱出ゲーム"を現実化させたような環境に放り込まれたあげくに、本当の意味で「孤独」な存在であることを悟らされるなど、これまでとはまたひと味違った展開を迎えた。

そうした中、ここまで見続けてきた多くの視聴者にとって、回を追うごとに、素朴に、かつ明確な疑問として浮上してくるのが、このドラマにおける"最大の謎"とも言うべき「そもそもなぜ藤堂がこんな目に遭わないといけないのか」という点と、それを仕掛ける首謀者の存在だ。無論、その答えは、最終話まで観ないとわからないだろうし、もしかすると観続けたところでわからないままなのかもしれないが、少なくとも現時点において登場している場面で、その鍵となりそうなのが、「藤堂と周囲の温度差」であり「認識の違い」だ。

たとえば、普段はそれほど気にもとめていなかった学生時代の元恋人・はるか(ミムラ)が、今なおストーカーじみた狂おしいほどの想いを藤堂に対して抱え続けていたり、当初は気の置けない友人であるかのように思われていた斉藤が、はるかと藤堂の間に起きた"ある悲劇"をキッカケに、その内に秘めた怒りを爆発させたり、さらには従順な後輩社員と思っていた五木(志尊淳)の本性が、実際にはプライドの高い「オレ様キャラ」であったりと、主人公である藤堂にとって「寝耳に水」といった事象ばかりが起きている。それだけ藤堂が「今まで鈍感すぎただけ」という見方もできるが、人間というのは、誰しも、こうした形で知らず知らずのうちに多くの人から恨みや反感を買っていたり、善行と信じて疑わぬ行動ですらも、別の誰かにとっての悪行や被害であったりと、自分にとっての「普通」が必ずしも別の人にとっての「普通」であるとは限らないというメッセージが伝わるのだ。
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