【東京巻き込み育児 #01】転居前から超ブルー!育児環境の厳しい「東京引越し」編 (2/3ページ)
ということは、姑は、日本でたった一人になることになります。傷心の母親を放っておいて海外にいることは、息子としては心苦しかったのでしょう。わが夫ながら、いい人です。
しかし、その妻である私はといえば、「それはそうだろうけど、でも……」と繰り返し、事態を先延ばしにしたい一心でした。
その昔、結婚前の家族同士の顔合わせ、姑の「娘が出来て嬉しい、美術館に一緒に行ったりしたい」という心温まる言葉に、ゾワワワワと鳥肌が立つ思いだった、馬鹿者の嫁は私です。
現在、姑とは完全に同居している状況ですが、そこに到達するまでには、実際かなりの紆余曲折がありました。
そんな風に、夫のたった一人の母親である姑を筆頭に、両親も含め、遠くにいるのがほどよい距離感、面倒が少なくていいわと、私は完全にいい気になっていたのです。ですのでここに来て突然距離が縮まることに、馬鹿者かつ駄々っ子との私としては、戸惑い怖じ気づいて当然なのでした。
こう書いてみると、もういい年だったのに、全く恥ずかしい事ですね……。唯一いいところがあるとすれば、“正直なところ”です。(よね?)
・「存在してごめんなさい…」子どもと母親に厳しい東京の育児環境に愕然
それまでアメリカからの一時帰国ベースで日本を体験していた私ですが、「こりゃ大変だわ」と、東京での子育てに対する、戦々恐々とする思い出ばかりが続出。
具体的な例を挙げてみますね。
それは次女誕生後、初めての一時帰国。当時はまだまだ全ての駅にエレベーターが設置されていなかった頃の話です。
実家の最寄駅には長い階段のみ、エレベーターは無し。辺りを見回すも、人々は早送りのように通り過ぎていく。そして私の手元には、アメリカサイズのバカでかい2人乗りベビーカー。
意を決して駅員の人に助けを求めました。その人は返事をしてくれませんでした。ベビーカーの片側を持ってもらい、階段を降りる時も無言。お礼を言っても無言……。このニュアンス、伝わるでしょうか?
気にするまい、と思っても湧き起こってきたのは「存在してごめんなさい」という、腹立たしくも情けない思いと、泣けるほどの孤独感です。