【世界の絶景】あと10年で完成するスペイン・バルセロナの偉大な教会「サグラダ・ファミリア」 (2/3ページ)
以降、ガウディは設計をゼロから作り直し、自身が1926年に亡くなるまで、生涯を通しての仕事として「サグラダ・ファミリア」の設計・建築に取り組みます。
稀代の建築家「アントニ・ガウディ」はその設計スタイルも他の建築家とは異なっていました。
まず詳細な設計図が存在せず、大型模型や、紐と錘を用いた実験道具を使って、構造を検討し、設計・建築を行っていました。
ガウディの晩年である1918年は、第一次世界大戦が終結する年ですが、この頃からスペイン国内は右派と左派の対立が激化し、さらにカタルーニャやバスクなどの地方独立の動きが加わって、スペイン国内に長い間、政治的混乱が続きます。
その混乱がスペイン国内で大爆発するのが、ガウディの死後10年が経った1936年。
この年、人民戦線政府に対して軍部が蜂起するというクーデターが勃発。
政府側はソ連と国際義勇軍の支援を受け、軍部はドイツ・イタリアと右翼勢力の支援を受け、国内は内乱状態に突入します。
このスペイン内戦によって、フランコ将軍の独裁体制がスタートし、その体制は実に1975年まで継続する事になります。
そんなスペイン内戦によって「サグラダ・ファミリア」に悲劇が起きます。
それが、「サグラダ・ファミリア」の設計につかわれていた大型模型や、紐と錘を用いた実験道具などの破壊です。
あのパブロ・ピカソの「ゲルニカ」にも描かれている通り、大規模な空襲もあったスペイン内戦によって、「サグラダ・ファミリア」の建築の根幹をなす設計資料はこの世から消失してしまいます。