歴史を紐解く! 韓国地震の次はいよいよM8南海トラフか(2) (2/2ページ)
どういうことかと言うと、南海トラフのプレート境界型地震ではなく、伊豆・小笠原海溝の一部を震源とした地震の発生です」
南海トラフ地震の一つに数えられる慶長地震は、江戸時代初期の1605年2月3日に発生したものだ。震源については諸説があり、南海トラフ単独説と、南海トラフと房総沖の連動説などがある。津波による溺死者は約1万人だが、地震による陸地の揺れは小さいのが特徴で、震源や被害規模も不明な点が多い。
最近になって地震学会では、この慶長地震が南海トラフのプレート境界型地震ではなく伊豆・小笠原海溝の一部、つまり、鳥島付近100km四方で発生したM8.2〜8.4の地震と仮定すると、当時の津波の再現が可能であるという論文が発表された。
ともあれ、日韓連動の過去の事例からも、南海トラフ地震を心配する声が多いようなのだ。
「南海トラフ地震の記録は数多く残されています。その記録を年代順に並べてみると、おおよそ100〜150年の周期で発生しているが、安政大地震と昭和南海地震は間隔が90年だった。しかも、1854年には、安政東海地震と安政南海地震が立て続けに発生している。周期にはばらつきがあるものの、海上保安庁が設置した観測機器からは、強ひずみ域が想定東海地震の震源域から広がりを見せ、M8.0だった1946年の南海地震の震源域からさらに南西側に広がっていることも判明しているのです」(前出・サイエンスライター)
ひずみが解放される時期は、刻一刻と迫りつつある。韓国の大地震は日本の大地震にリーチが掛かった証拠。それに備えるのは地震大国日本の宿命なのだ。