東京メトロ「萌え系キャラクターの性的表現」制限は差別なのか|やまもといちろうコラム

山本一郎(やまもといちろう)です。地下鉄の中でチャック全開であることに後から気付いて、露出について思いを馳せる夕暮れ時です。
その東京メトロで、いわゆる萌え系のイラストが公式キャラクターに使われたことが、性的表現の行き過ぎの指摘及び修正に追い込まれるという際どい話題がありました。
これが永遠の23歳女子の本気か……! 東京メトロのキャラクター「駅乃みちか」が鉄道むすめとのコラボで大変身を遂げる
「駅乃みちか」スケスケスカートが大物議 東京メトロ、批判受け微妙に「修正」
東京メトロのキャラクター「駅乃みちか」さんが華麗なる大変身!ビフォーアフターのレベルを超えている
ここまでなら「まあ、萌え絵に嫌悪感を示される方も多数おられるわけだから、もう少し表現を一般受けする方向に調整されれば、それでいいんじゃないの」で終わる話です。ところが、どういうわけか、それが表現における差別の話にまで発展してしまい、これはこれで興味深いところであります。
スカートが修正された東京メトロの駅乃みちかさん、実はあの表情の方が問題?
完全に服を着ている駅乃みちかを排除しなければならないぐらい性的要素は排除されるべきというなら、ほとんどの美人の女優さんをつかった宣伝などは公共の場所にふさわしくないことになると思うんだが。
— 弁護士 村松 謙 (@kmuramatsu) 2016年10月18日
萌え絵など「好きな人は好きだけど、嫌いな人は嫌い」という話から性的要素、性的表現が公共の場にふさわしいかという話に発展し、そこからさらに媚びるような表情が女性差別に結び付くあたりは昨今のこの手の話題の定番芸なのかもしれません。
■ネットメディア独特の過剰反応
それにしても、ネット社会で取り扱う小ネタのアクセスランキングを見ていると、この話も含めて「なんでこんな程度の話が公共の話題やリテラシー、差別のようなネタとリンクしてこんなに炎上しているんだ?」と思うケースが少なくありません。炎上してしまうことへのリスク回避が進む一方で、ちょっとした隙でクレームを呼び込み批判殺到からの表現修正にまで至ってしまうプロセスは、どうにも脊髄反射的です。
ネット社会になって様々な意見が可視化された結果、ちょっとした問題点でも火がついて謝罪なり修正に追い込まれるという局面はあるんでしょうが、潔癖というか、そこまで目くじら立てんでも、というようなネタが増えた印象はあります。普通なら「ふーん」で済む話が、なぜこんなことに。
ここまでくると、炎上を避けるために工夫を凝らすこと、あらゆる角度から検証されても突っ込まれようの無いものに仕上げる無難さが求められるか、炎上はある程度織り込んで、そのようなご批判も承知しておりますが、このような目的でやっているものですのでご理解くださいと事前に言えるような準備をしておくか、という二択がより強まるんだろうなあ、もうネットからのいちゃもんはつく前提で物事を運ばせるしか方法がないのだろうなあ、と思うわけであります。
なんともやりづらい世の中ですが、そういう世知辛いところを渡っていくための前提知識として、失敗ややらかしは当たり前、そこでネットに突っ込まれるのは当然とわきまえて、批判や炎上はある程度仕方のないものとして「何の価値を、誰に伝えている人物、言論、サービス、プロダクトなのか」という規定をしっかりして、そのマーケット外からのご批判については「あなたがたは私たちのターゲットの外ですから」と言えるようにしておかないといけない、ということなのかもしれません。
だって、万人全員を納得させたり、満足させるような仕事って存在しないんだもの。
なにしたって批判され得る世の中になったのだから、そこは割り切るしかないですね。
著者プロフィール

ブロガー/個人投資家
やまもといちろう
慶應義塾大学卒業。会社経営の傍ら、作家、ブロガーとしても活躍。著書に『ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」』(宝島社新書)など多数
公式サイト/やまもといちろうBLOG(ブログ)
やまもと氏がホストを務めるオンラインサロン/デイリーニュースオンライン presents 世の中のミカタ総研