東京・広尾にある祥雲寺に13家もの大名家の墓がある理由 (2/2ページ)
■公式サイトの広尾に移った年を1631年としている理由は謎
なお、祥雲寺公式サイトで、広尾に移った年を1631年としているのは謎だが、この、他の寺院の「合併」の経緯には、何らかの深い事情が存在する可能性もある。実際、国立公文書館サイトの、江戸期に起こった大規模な災害を一覧表化した、「天下大変」ページを見ても、1668年には「江戸大火」が起きているが、1631年には該当記事はない。
明治に入ると、政府が仏教寺院の勢力を削ぐ政策を行なったこともあり、祥雲寺に「合併」していた寺院は、法律上では正式に独立する。ただ、「正式に独立」したとはいえ、それらの寺院は、再び他の場所に移転することもなく、実質的には、今まで通りの関係が続いていた。
そうした背景もあり、祥雲寺の敷地内には、「合併」し、その後再度「独立」した寺院を菩提寺としていた大名家の墓も、あるのである。
参考文献:駅名で読む江戸・東京
参考サイト:祥雲寺 (渋谷区) wikipedia、 臨済宗大徳寺派 祥雲寺、 国立公文書館公 天下大変