天才テリー伊藤対談「大村崑」(3)テレビ局の移動は警護が必要だった (1/2ページ)

アサ芸プラス

天才テリー伊藤対談「大村崑」(3)テレビ局の移動は警護が必要だった

テリー いよいよ「やりくりアパート」が始まって、崑ちゃんは人気者になっていきますよね。

大村 番組内で「ダイハツミゼット」の生CMを佐々やんとやったら大評判になって、いつのまにか、主役を差し置いて僕ら2人が主役になっちゃった(笑)。続く「番頭はんと丁稚どん」も、またウケてね。

テリー 崑ちゃんをいじめる(芦屋)雁之助さんの番頭さんがまた小憎らしくてねえ。

大村 雁之助さん、最高にうまかったね。

テリー そして、ついに崑ちゃん単独主役の「とんま天狗」が放送されますね。これまた、「姓は尾呂内(オロナイ)、名は楠公(ナンコウ)」という決めゼリフも流行語になりました。

大村 大塚製薬さんとの長いおつきあいの始まりですね。

テリー この頃には、もうとんでもない人気者になっているわけですけど、どんな状況だったんですか。

大村 もう、テレビ局からテレビ局へ移動する時ぐらいしか、外に出る機会がなくて、その移動の時も柔道部とか空手部とかの学生が、警備のために6人くらいで僕を取り囲んでるんです。

テリー すごいなァ、大統領並みですね。寝る暇はあったんですか?

大村 ほとんどないですね。この本にも書いたけど、僕、若い頃に病気で肺を片方取っているんですよ。だから舞台稽古の合間とかはセットの陰で寝ていたり、とんでもない顔色になった時は女の人が持ってる頬紅を塗ったりして、頑張っていました。

テリー すさまじいですね。小学生の僕は、ただテレビの前で大笑いしていただけですけど、裏でそんなご苦労があったなんて‥‥。

大村 いやいや、そんなこと知らなくていいんです。笑ってもらうのが一番。

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