金正恩氏の「番犬」が北朝鮮庶民の食い扶持を荒らし始めた

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金正恩氏の「番犬」が北朝鮮庶民の食い扶持を荒らし始めた

北朝鮮と中国の国境地帯で異変が起きているという。そして異変の原因は、泣く子も黙る秘密警察・国家安全保衛部(以下、保衛部)にあるとされる。

顔面を串刺し

保衛部は中国で捕まり、北朝鮮に強制送還された脱北者を取り調べ、携帯電話を使って海外と秘密裏に連絡を取り合う住民をも取り締まるため、もともと中朝国境とは縁がある存在だ。

そんな彼らが密輸をはじめとする「国境ビジネス」に手を出し始めてから、国境がおかしくなったというのだ。

両江道の恵山(ヘサン)市といえば、北朝鮮で知らぬ者はいない密輸の「メッカ」だ。対岸の中国吉林省・長白県と長年にわたり自動車から薬草までをやり取りし、栄えてきた。ここで数年にわたり密輸で生計を立て、今春、脱北して韓国入りしたパク氏(仮名、30代女性)はこう明かす。

「保衛部はこれまで、庶民の経済活動に対し、あれこれ言ってくる存在ではありませんでした。それが1,2年前から『密輸をしているんだろう』と露骨にお金を要求してくるようになったばかりか、自分たちが密輸をやり始めたんです」

これまで、庶民に金をせびってきたのは、おもに「保安員(警察官)」だった。保安員は密輸に目をつぶる代わりにワイロを受け取り、国境警備隊(軍)とともに、時には密輸の片棒を担いできた。そこに保衛部が割り込んできたというのだ。

金正恩党委員長は、急な世襲による体制の動揺を抑えるため、保衛部に対し保安省(警察)や軍よりも強い権力を持たせている。つまりは体制の「番犬」である。権限が強化された一例として、人民軍が担当していた国境警備はすべて保衛部の傘下に入ったことが知られている。保衛部がこの権力をもって、従来の「シマ」ではなかった「密輸ビジネス」を荒らしているかっこうだ。

保衛部による「荒らし」の方法は、具体的には2通りある。まずは密輸そのものへの関与だ。これは人民の中に入り込み、保衛部に情報をもたらす「情報員」への報酬代わりに行われる。北朝鮮では保衛部も「自給自足」であるため、保衛部正規職員ひとりあたり2~30人もいる情報員に報酬を払う余裕はない。代わりに自由に密輸をさせ、情報員の生活を保障する。

もう一つは、密輸業者からの取り立てだ。ずかずかと家を訪ねてきては「儲けているのは知ってるぞ」とおどし、200元(約3000円)、500元(約7500円)とカネをせびる。保衛部は政治犯収容所の運営や公開処刑を担当し、拷問においても、顔面を串刺しにするなど手段を選ばない。逆らえる人間がいるはずもないのだ。「1年以上前にワイロで解決した記録までも持ち出してせびってくる」(パク氏)というから、たまったものではない。

パク氏はさらに「恵山市の反探課長までもが、わざわざカネをせびりにやって来る」と明かす。保衛部総出で、金のある所からむしり尽くそうとする姿勢がかいま見える。

このような保衛部の「荒らし」によって、恵山市内の密輸業者は「壊滅に近い」(パク氏)打撃を受け、密輸業者の多くは別の商売に乗り換えたという。

保衛部将校出身で内部の事情に詳しい、脱北者のチョン氏(2011年脱北、仮名・40代男性)はこうした保衛部の変容に、「以前では考えられなかったことだ」と憤慨する。かつては、「保衛部の『金儲け』といえば、罪を見逃す代わりにワイロを受け取るだけ」というプライド(?)と、他の機関の食い扶持に「配慮」する余裕があった。

もっとも、給料もロクに出ない保衛部員の暮らしぶりは、裕福な商売人と比べると天と地ほどの差がある。市場経済化が進む最近の北朝鮮において、現金収入をいかに得るかは誰にとっても死活問題だ。

チョン氏は最後に「ただ今後、保衛部がどこまで儲ければ満足するのかは誰にも分からない」と警告した。強大な権力を持つ保衛部が、カネを追うあまり暴走しないとも限らないからだ。金正恩氏は体制を守るために、諸刃の剣を振るっているのかもしれない。不気味な予言ではないだろうか。

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