どの宗派かも分かってなかった人が高額な戒名を授かるのって何かヘンだよね (2/2ページ)
そもそも仏弟子として戒名を頂くのに、なぜこんなにお金が掛かるのでしょう?以前、仏教関係者にそれとなく聞いてみたところ、『以前は檀家さんが、何かとお寺に寄進してくれたけれど、今は檀家さんも減り、葬儀でもないとお布施して頂けないから』という返答でした。
確かに仏教関係者も仙人ではないのですから、カスミを食べて生きる訳ではなく、生きていかねばなりません。その為にもお金は必要です。けれど『葬儀でしかお布施して貰えない』という今の仏教界の姿勢にも疑問を感じます。
もしもっと仏教が身近で、本当の意味で人々の心を救う『駆け込み寺』になれたなら、お布施は葬儀で貰わなくても十分やっていけるような気がします。タイのお坊さんは、托鉢の器と衣しか持てません。インドのお坊さんは衣ひとつです。もちろん妻帯できませんし、高級車も立派な家も持っていません。しかし、熱心に修行し、人々の幸せを願い続ける姿から、人々は喜んでお坊さんに寄進しますし、鉄道会社や航空会社もチケットをタダで提供します。自分に出来ない修行をしているお坊さん達を心から尊敬し、自分もそんなお坊さんに寄進することで徳を積みたいためです。そんなwin-winの姿こそ、本当の宗教の姿のような気がします。
■仏教界に訪れている変革
日本の仏教界は、檀家離れと仏教離れが進み、食べられなくなったお坊さんは、派遣坊主として数万円で葬儀を行うことが増えたようです。最近では立派なお墓も不要で散骨や樹木葬がいい、葬儀も簡単な家族葬で良い、そんな人々が増えています。葬儀は故人の死を悼み、偲ぶ儀式です。葬儀の形や戒名の在り方も、そんな時代の流れで変わってくることは必然なのかもしれません。まさに『諸行無常』なのかもしれませんね。