【日本人が知らないニッポン】徳川家康元服の神社で初詣 (2/2ページ)

GOTRIP!

非常に矛盾した行為に見えるかもしれませんが、家康にして見ればまさに「苦渋の決断」というべきものでした。

織田信長と協力して武田攻めを行った際、当時武田領だった駿府を奪取するべく兵を進めます。徳川と武田の激しい攻防が、賤機山で繰り広げられたのです。

その際、神社が敵の要塞になってしまうことを恐れた家康は、「必ず再建する」と誓いを立てて社殿に火をつけます。戦術指揮官の立場からすれば、こうするより他にありませんでした。ですが同時に、家康は神前の誓いを破ることなく、より荘厳な社殿を慶長年間に建てています。

・駿府の風土が天下人を育てる

正月になると、静岡浅間神社は大勢の初詣客でごった返します。

静岡市民にとっての徳川家康は、当然ながら郷土の英雄です。ですが全国的な家康のイメージは「古狸」「ケチ」「陰険」といった具合で、きらびやかな印象のある織田信長や豊臣秀吉に人気を取られていたというきらいがありました。

ですが、じつは家康こそがもっとも優れた執政者だったのではという再評価も行われています。その証拠に、彼の創設した江戸幕府は2世紀半もの間、盤石な土台の上に君臨していました。

そして日本史上最大級の名君家康を育てたのは、駿府の風土だったのです。

Post: GoTrip! http://gotrip.jp/ 旅に行きたくなるメディア

「【日本人が知らないニッポン】徳川家康元服の神社で初詣」のページです。デイリーニュースオンラインは、静岡浅間神社静岡市静岡県徳川家康カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る