本好きリビドー(138)

週刊実話

◎快楽の1冊
『アドラー 人生を生き抜く心理学』 岸見一郎 NHKブックス 1000円(本体価格)

 心理学、精神医学の世界で高名な著述家というと、やはりフロイトの名前がすぐ思い浮かぶだろう。人間であれば、多かれ少なかれ心に問題を抱えるのは珍しいことではない。重篤ではなくとも、生きがいを見つけられなくなり悩みが深くなる場合がある。なぜ、悩むのか。その原因を探りたいとき、フロイトの著作に接するのは確かに役立つし、一種の読書パターンとして日本で定着してきたのではないか。
 さて、彼に比べれば従来、アドラーに興味を抱く人はさほど多数派ではなかったように思う。けれども、数年前から研究書がよく読まれるようになった。本書の著者はそのきっかけを作った人である。哲学、心理学を専門にして大学講師を務めつつ、アドラーに関する本を多数刊行してきた。
 アルフレッド・アドラーは1870年、オーストリアで生まれた。フロイトと共同研究をすることになるが、思想の相違が生じ、独自の道を歩む。なぜ従来、フロイトが特に尊重され、アドラーはさほどではなかったのか、そしてなぜ今は彼が注目されるようになったのか、その理由は本書を読むとよく分かる。きわめてコンパクトに平易な文章で、アドラーの生涯、思想を紹介している研究書だ。
 フロイトの著作、研究書に接するときの読書姿勢は、過去に重点を置いているものである。悩みの原因を探るわけだから。しかし、アドラーはむしろ未来志向である。意識的か無意識なのかの別はあるにせよ、おのおの目的があって行動しているうちに人は悩みを抱える、という考え方が本書を読むと分かる。その目的とは何か、そして目的を実現するにはどうしたらいいのか、を探るのがアドラー思想の根幹だ。つまりは前向きの生き方を推奨しているのだが、これを今の私たちの多くが求めているわけだ。何かしら時代の変化を反映して注目されているようだ。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 ニッポンの風俗嬢たちが、高齢化している――驚く話ではない。もう何年も前から、かつては“ババァ”とさげすまされていた年配の風俗嬢が、射精産業で働いているのが珍しくなくなってきた。
『高齢者風俗嬢』(洋泉社/890円+税)は、これまで雑誌などではあまり取り上げてこなかった、そうした風俗業界の実態に切り込んだ意欲的なノンフィクションである。
 30〜40代の熟女どころではない。50代オーバー、中には60〜80代の女性まで。ソープやデリヘルでは、還暦を過ぎた女が、いまだに現役というケースがあるという。
 なぜ、そうした高齢女性に、客のニーズがあるのか? 一つは、男を立ててくれるから。若い風俗嬢には、カネを払っているのに逆に客が気を遣い、少しも楽しくない。
 だが、高齢風俗嬢は男の扱いをよく知っていて、どんな客でも褒めてくれる。60歳を過ぎたスナックのママが、男に人気があるのに似ている。
 次に、シニア世代の貧困。余裕ある老後を暮らせる老人ばかりではなく、日々の生活に窮し、やむをえず風俗で働くしかないとはいえ、悲惨さはなく、風俗界で生きる高齢女性たちはポジティブで、たくましい。
 女はいくつになっても“性”を売れる存在だというルポは、男の既成概念を軽々と超えて、力強くさえある。
 著者は中山美里さん。女性向けネットメディア『JESSIE』を主宰している女性ライターだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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