【新東方見聞録】三蔵法師の「旅の目的」に出会う(中国・西安) (2/2ページ)

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・三蔵法師は「密出国者」

三蔵法師様がインドへの旅を決心した当時、中国では隋朝が滅び唐朝が成立したばかりでした。

隋朝最後の皇帝は煬帝です。聖徳太子に反抗的な手紙を送られて激怒したというエピソードを持つ人物ですが、中国では酒に溺れた暴君として知られています。

その煬帝を倒して成立した唐朝は、当初経典の翻訳事業には消極的でした。国内が安定し切っていない中で僧侶の出国を認めるのはリスキーだと感じたからです。

ところが、三蔵法師様は出国許可が出ないまま旅立ってしまいます。密出国は今でも犯罪ですが、それをしてでもお経を正しく翻訳しなければならないという情熱が見て取れます。

三蔵法師様の旅は16年に及びました。その間にインドへ行き、現地で大量のお経を手に入れます。

・東洋史を動かした翻訳事業

さて、無事にお経を持ち帰ったのはいいものの、先述の通りそれらは翻訳しなければなりません。

その作業の拠点となったのが、今も西安市郊外にある大慈恩寺です。

このお寺にある大雁塔は、三蔵法師様が持ってきた資料を保管するために建てられたもの。唐の皇帝から正式な建設許可を得ています。

先ほど、三蔵法師様が密出国者だったことは説明しました。国禁を犯した以上は投獄、最悪の場合は死刑に処せられます。ですが皇帝はそれをするどころか、「せっかく持ち帰った経典を保管する場所が必要だろう。ならば、そのための建物をすぐに造れ」と言ったのです。

三蔵法師様の業績を高く評価していたことが分かります。

ちなみに、三蔵法師様の翻訳した経典は編纂されて『般若経』というタイトルがつけられました。ですがその般若経の内容は長いので、さらに要約したものを作っています。それが『般若心経』です。

我々日本人は、三蔵法師様が敷いた道の上を歩いていると言っても過言ではありません。

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