なぜに野ざらし…?鎌倉の大仏に大仏殿が無い理由は自然災害にあり (2/2ページ)

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その後の建長4年(1252年)から、新たに銅製の大仏が造られ始め、これが現存する鎌倉の大仏だと言われています。

なぜ大仏殿がないの?

さて、現在の鎌倉の大仏は屋外に野ざらしで、大仏を納めるための建物「大仏殿」がありません。大仏だけを建立したのでしょうか?

実は、鎌倉の大仏も建立当初は、奈良の大仏と同じように大仏殿の中にありました。しかし、鎌倉時代・室町時代の台風、地震、津波により倒壊し、応安2年(1369年)以降は再建されていないのです。そのことは、平成12年〜13年(2000年〜2001年)の発掘調査によっても明らかになっています。

室町時代の禅僧・万里集九が文明18年(1486年)に鎌倉大仏を見た時には、既に大仏は野ざらしだったとのこと。建物が台風や津波で流されても、大地震で倒壊しても、大仏本体は約121トンと重いため、そのままその場所に残ったのでしょう。

その後、野ざらしによって荒れたこの大仏は、江戸時代の中期に入って修復されました。現在では、観光名所・鎌倉になくてはならないシンボルとなり、人々に愛されています。

高徳院の鎌倉大仏

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