【プロ野球】WBCとケガ。「神の右手」と引き換えに川崎宗則が負傷! 極限状態が引き起こしたアクシデント集 (2/2ページ)
■川崎宗則:元祖・神ってる(?)プレー
2006WBCで、主に9番・遊撃として出場していた川崎宗則(ソフトバンク)。打撃が好調だったことから、決勝のキューバ戦は1番に大抜擢された。
その決戦の9回、心酔するイチロー(マリナーズ)の右前安打で二塁走者の川崎は一気にホームへ生還。捕手のブロックの隙間を縫って右手でホームベースにタッチした鮮やかさから、「神の右手」と崇められたが、タッチ後の捕手との接触がアダとなって右ヒジを負傷。宮本慎也(ヤクルト)と交代したため、優勝の瞬間をグラウンドで迎えるができなかった。
また川崎は、2007年の北京五輪のアジア予選・韓国戦でも初回から一塁へヘッドスライディング。このプレーにイチローは「1回からヘッドスライディングなんてバカげたことをやりやがって」と弟分・川崎を独特の表現で注意した。ヘッドスライディングは故障のリスクが高まるうえに、ベースを駆け抜けた方が早いというポリシーを、イチローが持っているからだ。WBCのときは故障した川崎を二塁ベース上から心配そうに見ていたイチローも、北京五輪の予選で見せた川崎のプレーには我慢ならなかったようだ。
■村田修一:人生山あり谷あり
2009WBCでは、村田修一(横浜)が悲劇のヒーローに。この大会で村田は4番や5番を任され、安打と打点を量産していた。
事件が起こったのは第2ラウンドの韓国戦。6番・一塁で出場した村田は第1打席から快調に安打を放った。そして第2打席、またもや安打を放ったところまではよかったが、ベースを回ったところで、村田が苦悶の表情を浮かべる。
右太もも裏を痛めたということですぐさま交代。打率.320、2本塁打、7打点という好成績を挙げながら、途中帰国を余儀なくされた。この後、村田の代わりに召集されたのは栗原健太(広島)だった。
主砲を欠いた日本代表だったが、このアクシデントで結束が強まったのか、準決勝でアメリカを、決勝で再び韓国を撃破し、WBC2連覇を達成。表彰式では、当時のチームメイトだった内川聖一が、村田のユニフォームを被せたトロフィーを掲げるパフォーマンスを見せた。
■いつだって見たいのは最高のプレー
2013WBCは大きな故障者を出さずに終えることができた。しかし、WBCが「世界一を決める大会」である以上、通常とは違う雰囲気のなかで、選手のモチベーションは非常に上がっている。そう考えると無理なプレーをしてしまい、故障のリスクはレギュラーシーズン以上に高くなる。
だが、選手に躊躇があったら、川崎の「神の右手」などは絶対に拝めなかっただろう。そんなリスクを伴う極限のプレーにファンは熱狂する。それも事実だ。
当然、故障者が出ないことを願っている。しかし、故障を恐れないプレーから生まれる名場面もある……。難しい問題ではあるが、間近に迫ったWBCでどんなプレーを見せるのか、侍ジャパンの戦いに期待したい。
文=森田真悟(もりた・しんご)