【プロ野球】WBCとケガ。「神の右手」と引き換えに川崎宗則が負傷! 極限状態が引き起こしたアクシデント集 (1/2ページ)
大谷翔平(日本ハム)が右足首痛により、2017WBCへ挑む侍ジャパンから離脱。日本中に衝撃が走った。
「投手がダメでも打者としてなら……」と大谷本人は出場への未練をのぞかせたが、小久保裕紀監督は「100パーセント(の状態)でない選手を預かるのは難しい」と決断。キーマン不在で挑むと腹をくくった。
過去にもWBCの晴れ舞台で故障に翻弄された選手がいる。そこで今回は、WBCにまつわる選手のケガ(病気を含む)にスポットを当てたい。
(球団名は当時の在籍チーム)
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■和田一浩:究極の消化不良?
2004年のアテネ五輪で銅メダル獲得に貢献し、2005年は自身の初タイトルとなる首位打者と最多安打を獲得するなど、名実ともに球界を代表する打者となった和田一浩(西武)。
2006WBCの代表チームにも当然のように選ばれたが、なんと尿管結石になってしまい、第1ラウンドの台湾戦と韓国戦に代打出場しただけで終わってしまった(2打数0安打1三振)。
アテネ五輪では、打率.333、2本塁打、6打点をマークし、国際大会に強いところを見せていただけに残念極まりない結末となった。
■石井弘寿:泣きっ面に蜂の韓国戦
現在もソフトバンクで活躍する五十嵐亮太とともに「ロケットボーイズ」を形成し、2000年代前半のヤクルトのブルペンを支えた石井弘寿。和田と同様にアテネ五輪でも活躍していたことから、2006WBCのキーマンとされていた。
しかし、第1ラウンドの韓国戦で救援に失敗したうえ、左肩痛を発症する憂き目に。その後、第2ラウンドに向けてアメリカに渡ったものの、無念のリタイア。
ちなみに、石井の代替選手に選ばれたのは馬原孝浩(ソフトバンク)。この大会では1度も登板せずに終わったが、2009WBCでは5試合に登板し、悔しい過去を払拭した。