本好きリビドー(141) (2/2ページ)
徳川幕府の時代は「小姓」と呼ばれ、将軍の身の回りの世話をする職制の者がいたが、これが公然のセックス相手だったこと、つまり男色である。
三代家光も、犬公方で知られる五代綱吉も、同性愛の虜になっていたらしい。「キモッ」と言うことなかれ。
戦国の世から、いや、それ以前の源平合戦の時代から、性愛の相手が同性であることは決して珍しくはなかったようだ。
美少年といわれた源義経は若い頃に身を寄せていた寺の僧侶の“慰み者”、織田信長が戦場にいた際の夜のお供も男、さらに幕末の新撰組の内部で起きていた男色関係など、むしろ武士の“たしなみ”として半ば常識となっていたフシさえうかがえる。
男色ばかりではない。熟女好きの幕府開祖・家康は、世継ぎを産ませるには出産経験のある女のほうがよしとばかりに、側室には後家を好んだという。それが年齢を重ねるにつれて若い女に関心が移り、60歳を越えてからは10代の女を溺愛した性豪だ。
来日した宣教師や黒船のペリーも驚いた、日本の指導者・著名人たちの赤裸々過ぎる性事情を、風俗史家の下川耿史が解説。確かにこれらのネタは、学校の教壇では話せない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)