【日本人が知らないニッポン】小田原の梅が彩る古の武術「流鏑馬」 (2/2ページ)
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日本人は「無神論者」を自称する人が多いですが、それでも各地で行われる伝統行事を廃止しようという声は皆無です。ということは、日本人も何かしらの宗教を信じているということになります。
たとえば、アメリカを含めた西洋社会では「白か黒か」「敵対するふたつの陣営のどちらが絶対正義か」という水と油の対決ばかり続いてきました。キリスト教とイスラム教、カトリックとプロテスタント、イギリスとフランス、西側と東側。どれも「相手を根絶やしにするまで戦う」という発想の対決です。
だから欧米の「無神論者」は容赦がありません。アメリカの生物学者リチャード・ドーキンス博士のように、少しでも宗教色が見える行事や催事は迷わず非難の対象にします。これは結局、「異教徒を根絶やしにしなければならない」という昔ながらの宗教的発想から1mmもはみ出していないという証拠なのですが。
日本の場合、そうした発想とは無縁だからこそ古来からの行事が脈々と受け継がれてきました。弓を使った戦争はもう起きませんが、だからといって弓術を捨てることはありません。むしろ「古の伝統行事にこそ精神性がある」と、日本人の大多数が認めています。
・来月も小田原で流鏑馬
武道が神事である以上、「いくつ的を射抜いた」ということはあまり大きな意味を持ちません。
点数を超越した精神性、それこそが武道の目的です。だからこそ「流鏑馬」と呼ばれるものの中には礼法も含まれています。競争相手に対して非難ではなく、敬意で接するための戒律です。そこに「相手を根絶やしにする」という考えが入り込む余地は、寸分もありません。
もし流鏑馬から礼法を排除すれば、それはもはや神事ではなくなります。そして神事でなくなった流鏑馬は、ただの射的に成り下がってしまうでしょう。
「日本の財産」とも表現すべき流鏑馬ですが、3月5日(日)に小田原城址公園で『小田原城馬上弓くらべ大会』が催されます。これは全国の射手が集まる「流鏑馬オリンピック」のようなイベントで、和種馬の保存継承を一般にPRするという性質も有しています。
武士の魂は、風習とともに今も我々の国に根付いています。大迫力の流鏑馬を、ぜひ一度目の当たりにしてはいかがでしょうか。
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