【日本人が知らないニッポン】井伊直虎と地震の「意外な関係」 (1/2ページ)
『おんな城主直虎』の主人公、井伊直虎は16世紀中葉の人物です。
そもそも井伊谷を拠点にしていた井伊氏は、浜名湖周辺の零細豪族のひとつに過ぎませんでした。ですが江戸時代には、幕府中枢の役割を担うまでの大家になりました。もちろんそれには直虎の奮闘も大きく貢献していますが、つまるところ「大地震が発生したから」という理由に集約されます。
地震がなければ、井伊氏の飛躍もなかったと言っていいでしょう。
・井伊谷と南海トラフ地震
井伊谷は、本坂通の気賀宿に隣接した位置にあります。
本坂通は東海道の裏道とも言うべき交通網で、浜名湖を北に迂回するルートをたどります。つまり「海沿いの東海道」と「山側の本坂通」の2路線が存在するということですが、ではどうして本坂通というものが確立したのかというと、東海道が通行不能になることがしばしばあったからです。
浜名湖は、15世紀末まで海と独立した淡水湖でした。ところが西暦1498年に南海トラフ地震が発生し、その際の津波で太平洋と湖の間の陸地が消滅します。浜名湖は一夜にして、海と接続した汽水湖になりました。
浜名湖の南側を通る東海道は、この時点で海路を経た交通網になってしまったのです。このあたりは今切口と呼ばれ、現代では浜名大橋が架かっています。ですが昔は、船で渡るしかあります。身軽な旅人ならまだしも、何千何万という数の軍隊を船で運ぶというのは大変な労力が必要です。
それならば、浜名湖迂回ルートである本坂通を進んだほうが効率がいいという事情がありました。
・井伊氏の苦難
ただし、本坂通の発展は新たな戦いの始まりを意味します。