『全部、言っちゃうね。~本名・清水富美加、今日、出家しまする。~』を読んでみた:ロマン優光連載77 (2/4ページ)
でもね、何かを信じたい人にとっては、こういうことはたいした問題ではないのです。それを信じなければ自分のアイデンティティが失われてしまうのです。大川総裁は絶対に正しいという答えを前提に全てが成り立っている以上、守護霊の様子がおかしいのは自分の守護霊が悪いのであって、守護霊インタビューという形式自体は絶対に間違っていてはならないのです。その前提がなくなったら自分が壊れちゃいますから、どんなにおかしいと思うことがあっても、なかなか前提を疑ったりせずに、思考停止状態で矛盾をスルーしてしまうもんなんですよね。
まあ、こういう教団にとって、あまり得にならないようなことは教団内の他人がなかなか思いつかないだろうから、本人の語りおろしの可能性は非常に高い気もします。
幸福の科学の今回の動きというのは非常に人気取りに走っている感じがあります。最近、話題になることが多い『芸能プロダクションの闇』というか『レプロの闇』。それと立ち向かう正義のイメージを作って信者獲得を狙っているように見えます。しかし、彼女を追い込んだレプロに問題があるのは確かですが、幸福の科学は彼女の本当の味方なのでしょうか? 敵の敵は必ずしも味方ではなく、それは別の敵でしかないかもしれない。精神的に追いつめられて弱っていた彼女につけこんで、広告塔として利用しようとする幸福の科学もまた本当の意味での彼女の味方ではないのではないでしょうか? レプロも幸福の科学も強い力を持っている団体です。芸能人からレプロのやり方が「昔からそうなんだから」と擁護される一方で、めんどくさい相手だから幸福の科学を非難することもせず、彼女ばかりが「無責任」だと責められる。ほんとひどい話です。
彼女は親の代からの幸福の科学信者なわけですよね。そういう人が精神的に追いつめられた時に、子供の頃からの信仰にすがってしまうのは仕方がないことのような気がします。物心ついた時には価値観の根底にそれが植え付けられているのだから。そこにいっちゃいますよね。それをバカバカしいとかいうような人間は想像力も思いやりもない人間だと思いますよ。
宗教というのは本来生きている人間の心の平穏のためにあるものです。