【連載】『あの人の学生時代。』 ♯4:株式会社エニグモ 代表取締役 須田将啓 (2/5ページ)
これも小学生のときの話ですが、テレビで大きなイベントの裏側を見せるドキュメンタリーをやっていて、そこで働くイベンターさんたちの姿を見て、「おもしろそう」と感じたのがきっかけでした。その影響から、小学校では放送部に、中学校でも広報関係のクラブに入ったんです。何かを企画したり、運営したりするのが好きな子どもでしたね。
大学時代のイベント企画が仕事のヒントに

―大学時代はどのようなことに打ち込んでいましたか?
子どもの頃の延長で、大学では企画サークルに入り、3年生になってからは代表も務めました。たとえば学祭のときには、アーティストをブッキングして集客したり、映画のフィルムを借りてきて上映会をやったり、いろんなイベントを仕掛けました。今にして思えば、広告代理店の仕事に近いことをやっていたのかもしれませんね。
ちなみに、僕が在籍していた慶應義塾大学では、学祭で利益を出してはいけない決まりがあるんです。そのため、売上げとコストをぴったり合わせようとがんばるわけですが、計画通りに物が売れるほど甘くないので、いつも赤字になってしまいます。その赤字を補填するために、他で儲けをださなければならず、メンバー全員でアルバイトをしたり、クラブを貸し切ってダンスパーティーをやったり、なかなか大変でした。憧れていたイベントの仕事がやれて、充実してはいましたけどね……。
―当時の経験したことで、経営者となってから生きていることはありますか?
計画を立てて実行し、反省をして次に生かすという、いわゆる「PDCA」は無意識にやっていたように思います。でも、そういった実務的なことよりも、「やろうと思えば何でもできる」という自信を得たことが大きいでしょうね。それが実行力につながり、こうして会社を起ち上げてからも、常に「なんとかなるだろう」と構えていられるのは、当時の経験があればこそです。