【新東方見聞録】西太后の「悪事の結晶」頤和園(中国・北京) (2/2ページ)
・西太后の「功績」
じつはこの時代、中国でも朝鮮でも近代化を求める運動が活発化していました。
ですが結果を言えば、この両国の近代化は失敗に終わりました。なぜかと言えば、それを嫌がる集団が存在したからです。
清朝の場合、光緒帝の前に立ちはだかったのは伯母である西太后。彼女は演劇好きで甘党、職人に対して金に糸目を付けない性格でした。つまり中国文化のパトロンだったわけで、そのあたりの功績は多大なものがあります。
西太后が北京に造らせた頤和園は、もともとは明朝時代からあった皇族専用保養地でした。それを西太后が、巨大な庭園として再整備したのです。
エリザベス女王がシェイクスピアを支援したように、西太后は京劇を支援しました。そのような執政者は、ほぼ間違いなく建築物にもこだわりを見せます。
美術史の観点から見れば、西太后は最大限の高評価を与えるべき人物と言えるでしょう。
・近代化よりも保養地を優先
では、その頤和園を整備するための莫大な予算はどこから捻出したのでしょうか?
何と、海軍予算です。西太后は水上戦力の近代化に使用されるべき資金を、個人の保養のために消費してしまったのでした。
執政者として、これほど愚劣な行為はありません。要は西太后も朱子学の信者で、調度品やお菓子の材料くらいならともかく「兵器を外国製にするわけにはいかない」と信じて疑わなかった結果、海軍資金の横流しに至りました。
逆に言えば、もし清朝が近代化に成功していたら今の頤和園はなかったということになります。
人類にとって、どちらのルートがより正しかったのでしょうか。その答えは、夕日を背にそびえ立つ仏香閣が教えてくれるかもしれません。
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