【新東方見聞録】西太后の「悪事の結晶」頤和園(中国・北京) (1/2ページ)

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【新東方見聞録】西太后の「悪事の結晶」頤和園(中国・北京)


政治家が国庫からの資金を私的な理由で流用することは、決してあってはなりません。

ですが、人類史の中ではそうしたことが幾度も行われています。そして結果として、執政者による資金流用が素晴らしい建築物を造ったという事実もあります。

今回ご紹介する頤和園も、そのような政治的背景を持った世界遺産です。

・近代化を目指したアジア諸国

19世紀後半、日本はすでに近代化を遂げていました。

それはすなわち、欧米の重工業テクノロジーを自国に移植するということです。強力な軍隊を作るために。そうしないと、祖国は他国の植民地にされてしまいます。

日本は近代化に成功しましたが、一筋縄では行きませんでした。明治維新を牽引したのは薩摩と長州ではありますが、この2藩は当初「西洋の技術など日本に入れるべきではない」という姿勢だったのです。それは朱子学という、中国発祥のイデオロギーが作用していたから。

「尊皇攘夷」という言葉は、そもそも朱子学者が盛んに唱えていたものです。朱子学の開祖である朱熹は、「何が何でも外国勢力を討伐せよ」という過激思想の持ち主でした。しかもそのために、外国の優れたテクノロジーを取り入れるということは一切してはいけないとも言っています。

幕末の日本もそんな朱子学に染まってはいましたが、薩英戦争や馬関戦争を経て「このままでは西洋諸国に勝てない」と実感し、欧米列強の植民地にならないためにむしろ欧米の技術を取り入れるという道を採用しました。

そして清朝中国でも、自分たちの国が欧米の植民地になるのは時間の問題だという考えが出てきます。一刻も早く近代化を成し遂げなければ、清朝そのものがなくなってしまう。その旗振り役として立ったのが、清朝11代皇帝の光緒帝でした。

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